生きては苦界 死しては浄閑寺
投稿者: scheherazade_1000and1 投稿日時: 2004/08/08 23:25 投稿番号: [844 / 1408]
japooさま、こんばんは。
浄閑寺、高校生の頃、門前(?)までは行ったことがあるのですが、入ることができませんでした。
その頃の私にとって、遊女という人達の思いを斟酌するなんてことはできなかったので、冷やかしは良くないと思ったのです。
今年、浅田次郎の『天切り松・闇がたり』を読み、その悲しい身の上に涙しました。(フィクションですが;。)
japooさまとお話させていただいたのを機に、私もお参りしてみようと思います。
ありがとうございますm(_ _)m。
>私は、生きているのがしんどくなった時
ここや、浄閑寺を訪れ、無念の死をとげた人々の
叱咤の声を聞き行くことにしています
死者は静かにその生き様を語っている。
その声に耳を傾けることは、大切なことなのでしょうね。
「生きては苦界
死しては浄閑寺」
私の好きな言葉、「死ぬことと同じように、生きることも免れない」という言葉に通じているように思っています。
>「尾花」は一度行ったことがあります
これまでに食べたうなぎの中でいちばんだと思いました
美味しいですよね〜。
もう何年も食べてない・・。
いつか自腹で食べに行けるようになるぞ〜〜!
これは メッセージ 841 (japoo9999 さん)への返信です.
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