- サン=テグジュペリ Saint Exupery -
投稿者: pattsy_mint_1010t 投稿日時: 2004/08/07 15:16 投稿番号: [219 / 468]
http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/saint-exupery.htm
<星の王子さまの世界観>
サン=テグジュペリ、言わずと知れた「星の王子さま」の原作者です。我が家にも、当然のごとく本がありました。しかし、僕にとっては「十五少年漂流記」「ドリトル先生シリーズ」「オズの魔法使い」「シートン動物記」「ファーブル昆虫記」の方が印象深く、正直子供には難しすぎた気がします。ただ、あのウワバミの不思議な絵だけは妙に印象に残り、ある種の不思議な世界観のようなものが心に残ったような気がしました。
それが具体的にどんな世界観だったのか?それは、その後ずっと後、大人になってから彼の他の作品「夜間飛行」「人間の土地」などを読んでからやっと理解できました。
<多彩な天才作家>
サン=テグジュペリは、数々の冒険の中から得た思想・哲学のすべてを、その作品の中に込めていました。従って、彼の作品はどれもある意味彼の世界観の固まりであり「自伝」でもありました。
「星の王子さま」も、またその例外ではなかったのです。
彼は郵便飛行機のパイロットであると同時に、南米やアフリカへの路線を開拓した空の時代の先駆者でした。
彼は建築家でもあり、航空力学の専門家としてジェット機の開発を目指し、その特許を所有する天才技術者でした。
彼は第二次世界大戦における戦場の英雄でした。
彼は数学者であり、哲学者であり、行動する作家であり、美しい文章家でもありました。
そんな多彩な天才作家が飛行機による冒険を通してみた人間とその文化。
そこからは、時代や人種、国境を越えた普遍的な真実が見えてきます。だからこそ、その作品は、世紀を越えてもなお新鮮そのものなのです。
(中略)
<最後の戦い>
戦場を一度は離れた彼ですが、祖国フランスのために戦うことをあきらめきれず、自らの知名度を利用して別の方法を取ります。
なんと彼は当時のアメリカの大統領ルーズヴェルトの息子の助けにより、アメリカ空軍に入隊。ライトニング機の操縦をマスターするため、ゼロから操縦を学び直しました。
ヨーロッパに渡った彼は写真機を用いた危険な偵察飛行を行い、少佐に昇進します。
それでも、年齢的に無理があり、有名人でもあることから、軍の上層部は彼を戦場から離そうとします。
しかし、それに対し彼は執拗に出撃を志願し続けます。
「わたしはいつも、傍観者が大嫌いだった。参加しないとしたら、わたしはいったい何者だろう?存在するためには参加することが必要だ」
「戦う操縦士」より
そして、1944年7月31日、彼は最後の出撃の後、二度と基地にもどることはありませんでした。
目撃証言から、コートダジュール沖でドイツ軍の戦闘機に撃墜されたのではないかと言われています。
<締めのお言葉>
「おまえに言っておく。人間はおのれの充実を探し求めているのであって、幸福を探し求めているのではない」
「城砦」より
<追記>
ちょうどこのページの原稿を書き終わった頃、サン=テグジュペリの乗っていた飛行機がマルセイユ沖で発見されました。
(詳しくは2004年4月8日の各新聞をご覧下さい)
やはり彼は祖国フランスの海に眠っていました。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。
「夜間飛行」「人間の土地」は、本を読む楽しみを知る人にとって、宝箱のような作品です。是非、ご一読下さい!
(この HP 管理者さん談 )
<星の王子さまの世界観>
サン=テグジュペリ、言わずと知れた「星の王子さま」の原作者です。我が家にも、当然のごとく本がありました。しかし、僕にとっては「十五少年漂流記」「ドリトル先生シリーズ」「オズの魔法使い」「シートン動物記」「ファーブル昆虫記」の方が印象深く、正直子供には難しすぎた気がします。ただ、あのウワバミの不思議な絵だけは妙に印象に残り、ある種の不思議な世界観のようなものが心に残ったような気がしました。
それが具体的にどんな世界観だったのか?それは、その後ずっと後、大人になってから彼の他の作品「夜間飛行」「人間の土地」などを読んでからやっと理解できました。
<多彩な天才作家>
サン=テグジュペリは、数々の冒険の中から得た思想・哲学のすべてを、その作品の中に込めていました。従って、彼の作品はどれもある意味彼の世界観の固まりであり「自伝」でもありました。
「星の王子さま」も、またその例外ではなかったのです。
彼は郵便飛行機のパイロットであると同時に、南米やアフリカへの路線を開拓した空の時代の先駆者でした。
彼は建築家でもあり、航空力学の専門家としてジェット機の開発を目指し、その特許を所有する天才技術者でした。
彼は第二次世界大戦における戦場の英雄でした。
彼は数学者であり、哲学者であり、行動する作家であり、美しい文章家でもありました。
そんな多彩な天才作家が飛行機による冒険を通してみた人間とその文化。
そこからは、時代や人種、国境を越えた普遍的な真実が見えてきます。だからこそ、その作品は、世紀を越えてもなお新鮮そのものなのです。
(中略)
<最後の戦い>
戦場を一度は離れた彼ですが、祖国フランスのために戦うことをあきらめきれず、自らの知名度を利用して別の方法を取ります。
なんと彼は当時のアメリカの大統領ルーズヴェルトの息子の助けにより、アメリカ空軍に入隊。ライトニング機の操縦をマスターするため、ゼロから操縦を学び直しました。
ヨーロッパに渡った彼は写真機を用いた危険な偵察飛行を行い、少佐に昇進します。
それでも、年齢的に無理があり、有名人でもあることから、軍の上層部は彼を戦場から離そうとします。
しかし、それに対し彼は執拗に出撃を志願し続けます。
「わたしはいつも、傍観者が大嫌いだった。参加しないとしたら、わたしはいったい何者だろう?存在するためには参加することが必要だ」
「戦う操縦士」より
そして、1944年7月31日、彼は最後の出撃の後、二度と基地にもどることはありませんでした。
目撃証言から、コートダジュール沖でドイツ軍の戦闘機に撃墜されたのではないかと言われています。
<締めのお言葉>
「おまえに言っておく。人間はおのれの充実を探し求めているのであって、幸福を探し求めているのではない」
「城砦」より
<追記>
ちょうどこのページの原稿を書き終わった頃、サン=テグジュペリの乗っていた飛行機がマルセイユ沖で発見されました。
(詳しくは2004年4月8日の各新聞をご覧下さい)
やはり彼は祖国フランスの海に眠っていました。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。
「夜間飛行」「人間の土地」は、本を読む楽しみを知る人にとって、宝箱のような作品です。是非、ご一読下さい!
(この HP 管理者さん談 )
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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