日本人は踊らされるな
投稿者: rintyan514 投稿日時: 2008/06/10 17:12 投稿番号: [8245 / 15652]
CIAとの関係
1998年10月2日、ダライ・ラマ14世側はCIAから170万米ドルにのぼる資金援助を1960年代に受けていたことを認めた。援助資金は、志願兵の訓練や対中華人民共和国戦用のゲリラへの支払に費やされた。またダライ・ラマ14世への助成金は、スイスや米国での事務所設立や国際的なロビー活動にも充てがわれた。長年にわたってチベット独立運動を支援したCIAの秘密工作は、中華人民共和国・ソビエト連邦などの共産圏を弱体化させる目的の一環でもあった[38]。
インドとの関係
1959年3月31日に、ジャワハルラール・ネルー初代首相はダライ・ラマ14世のインドへの亡命を受け入れた。1959年10月20日に開始された中印国境戦争以後もダライ・ラマ14世を保護し続け、インド北部のダラムサラにガンデンポタン(チベット亡命政府)と多数の亡命チベット人を今日まで受け入れてきた。
2004年10月20日にマンモハン・シン第13代首相は、会談の際インド国内でのダライ・ラマ14世の政治活動を認めないと表明した[39]。さらに、2008年にシブシャンカール・メノン外務次官は、ダライ・ラマ14世はインドを拠点に反中華人民共和国活動をしないことを約束している客人であると述べている[40]。
欧州諸国との関係
2006年5月30日に、欧州連合本部(当時:ブリュッセル)で開催された宗教指導者を集めた基本権と相互尊重に関する会議に参加した[41]。
イギリス政府は、中華人民共和国との国交関係を元に、同国が掲げる"一つの中国"の政策を掲げており、ゴードン・ブラウン第74代首相が対中関係強化を図っている一方で、王室のチャールズ皇太子は、ダライ・ラマ14世と長年にわたる親交で知られている[42]。
2007年9月に、ダライ・ラマ14世はドイツ連邦共和国のアンゲラ・メルケル第8代首相と会談した。しかし、中華人民共和国政府が抗議したため2008年2月15日に温家宝第10代国務院総理とメルケル首相との間で関係修復が図られ、メルケル首相は、中華人民共和国の掲げる"一つの中国"の外交政策を堅持するとともにチベット独立を支持しないと言明するに至った[43]。
国際連合との関係
ダライ・ラマ14世が率いるガンデンポタン(チベット亡命政府)は、現在に至るまで国際連合の加盟国ではない。国際連合は、2000年8月28日から8月30日にかけて開催した「宗教・精神指導者のミレニアム世界平和サミット」に世界の宗教指導者を一千人以上も招聘したが、ダライ・ラマ14世は招聘しなかった[44]。
ローマ教皇庁との関係
1975年には、第262代ローマ教皇パウロ6世と会談した。2007年12月には、第265代ローマ教皇ベネディクト16世と会談予定だったが、ローマ教皇庁は会談を中止した[45]。
なお、2008年時点でバチカン市国と中華人民共和国に国交は無い。
日本との関係
コローニョ・モンツェーゼ滞在中のダライラマ14世(2007年12月、イタリア)
日本政府との関係
日本に入国する際は、日本国政府が中華人民共和国の推進する"一つの中国"の立場を外交政策として掲げているため、中華人民共和国への配慮から「政治活動をしない」等の条件がある。
なお、ダライ・ラマ14世と公式に会談した日本の内閣総理大臣は大平正芳のみ[要出典]である。2008年4月にアメリカへ渡航する際に成田空港に立ち寄った際は、安倍晋三前総理の昭恵夫人と会談を行った。
日本の宗教との関係
1995年3月29日に来日した際には成田空港で日本の記者団より、松本智津夫死刑囚ならびにオウム真理教との関係について質問責めに遭った。松本智津夫死刑囚とは亡命先のインドで 1987年2月24日ならびに1988年7月6日に会談した。またダライ・ラマ14世は、オウム真理教から布施 の名目で1億円にのぼる巨額の寄付金を受領しており、1989年にオウム真理教が東京都で宗教法人格を取得した際には、ダライ・ラマ14世は東京都に推薦状を提出してオウム真理教を支援した[46]。
1998年4月に京都で念仏宗無量寿寺が主催した「第1回全世界佛教興隆会議」に参加した。また、念佛宗無量寿寺は布施として2億円をダライ・ラマ14世へ寄付したと週刊朝日が報じた[47]。
1998年10月2日、ダライ・ラマ14世側はCIAから170万米ドルにのぼる資金援助を1960年代に受けていたことを認めた。援助資金は、志願兵の訓練や対中華人民共和国戦用のゲリラへの支払に費やされた。またダライ・ラマ14世への助成金は、スイスや米国での事務所設立や国際的なロビー活動にも充てがわれた。長年にわたってチベット独立運動を支援したCIAの秘密工作は、中華人民共和国・ソビエト連邦などの共産圏を弱体化させる目的の一環でもあった[38]。
インドとの関係
1959年3月31日に、ジャワハルラール・ネルー初代首相はダライ・ラマ14世のインドへの亡命を受け入れた。1959年10月20日に開始された中印国境戦争以後もダライ・ラマ14世を保護し続け、インド北部のダラムサラにガンデンポタン(チベット亡命政府)と多数の亡命チベット人を今日まで受け入れてきた。
2004年10月20日にマンモハン・シン第13代首相は、会談の際インド国内でのダライ・ラマ14世の政治活動を認めないと表明した[39]。さらに、2008年にシブシャンカール・メノン外務次官は、ダライ・ラマ14世はインドを拠点に反中華人民共和国活動をしないことを約束している客人であると述べている[40]。
欧州諸国との関係
2006年5月30日に、欧州連合本部(当時:ブリュッセル)で開催された宗教指導者を集めた基本権と相互尊重に関する会議に参加した[41]。
イギリス政府は、中華人民共和国との国交関係を元に、同国が掲げる"一つの中国"の政策を掲げており、ゴードン・ブラウン第74代首相が対中関係強化を図っている一方で、王室のチャールズ皇太子は、ダライ・ラマ14世と長年にわたる親交で知られている[42]。
2007年9月に、ダライ・ラマ14世はドイツ連邦共和国のアンゲラ・メルケル第8代首相と会談した。しかし、中華人民共和国政府が抗議したため2008年2月15日に温家宝第10代国務院総理とメルケル首相との間で関係修復が図られ、メルケル首相は、中華人民共和国の掲げる"一つの中国"の外交政策を堅持するとともにチベット独立を支持しないと言明するに至った[43]。
国際連合との関係
ダライ・ラマ14世が率いるガンデンポタン(チベット亡命政府)は、現在に至るまで国際連合の加盟国ではない。国際連合は、2000年8月28日から8月30日にかけて開催した「宗教・精神指導者のミレニアム世界平和サミット」に世界の宗教指導者を一千人以上も招聘したが、ダライ・ラマ14世は招聘しなかった[44]。
ローマ教皇庁との関係
1975年には、第262代ローマ教皇パウロ6世と会談した。2007年12月には、第265代ローマ教皇ベネディクト16世と会談予定だったが、ローマ教皇庁は会談を中止した[45]。
なお、2008年時点でバチカン市国と中華人民共和国に国交は無い。
日本との関係
コローニョ・モンツェーゼ滞在中のダライラマ14世(2007年12月、イタリア)
日本政府との関係
日本に入国する際は、日本国政府が中華人民共和国の推進する"一つの中国"の立場を外交政策として掲げているため、中華人民共和国への配慮から「政治活動をしない」等の条件がある。
なお、ダライ・ラマ14世と公式に会談した日本の内閣総理大臣は大平正芳のみ[要出典]である。2008年4月にアメリカへ渡航する際に成田空港に立ち寄った際は、安倍晋三前総理の昭恵夫人と会談を行った。
日本の宗教との関係
1995年3月29日に来日した際には成田空港で日本の記者団より、松本智津夫死刑囚ならびにオウム真理教との関係について質問責めに遭った。松本智津夫死刑囚とは亡命先のインドで 1987年2月24日ならびに1988年7月6日に会談した。またダライ・ラマ14世は、オウム真理教から布施 の名目で1億円にのぼる巨額の寄付金を受領しており、1989年にオウム真理教が東京都で宗教法人格を取得した際には、ダライ・ラマ14世は東京都に推薦状を提出してオウム真理教を支援した[46]。
1998年4月に京都で念仏宗無量寿寺が主催した「第1回全世界佛教興隆会議」に参加した。また、念佛宗無量寿寺は布施として2億円をダライ・ラマ14世へ寄付したと週刊朝日が報じた[47]。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9qa1a6bbmc0nbejbgcobfl_1/8245.html