大地震起きぬ祈願として天皇制を廃止すべき
投稿者: eig35153 投稿日時: 2008/05/15 12:16 投稿番号: [261 / 15652]
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***
天皇という忌まわしい制度にまつわる一連の出来事
***
中国 四川省の省都である成都からそれ程遠くない地点を震源として大規模地震が発生した。
この大規模地震が発生する数日前に中国の胡錦濤国家主席が来日したが、中国への侵略戦争を “ 神の名 “ と称して
扇動して命令し、多くの中国国民と日本国民を無駄死にさせた天皇及び日本の天皇制の戦争責任を不問にするような
態度で、国税で賄われた天皇主催の歓迎レセプションに参加した。
その歓迎会が行われた日の深夜に、日本の茨城県沖を震源として震度5弱の地震が起きた。 その後、胡錦濤主席が
帰国してすぐに四川省の大規模地震が起きた訳である。 この一連の出来事について、それぞれは特に関連は無い
独立した偶発事象なのだろうと一般の常識人は思うかも知れない。
しかし日本の天皇制は西欧の王族のような、隣国との争いには必ずその先頭に立つといった経緯による成立とは違って
“ 現人神 “ と称することで平民から税や年貢を騙し取りやすくなるという、極めて悪質な意図によって作られた制度
であり、北朝鮮の金正日独裁体制に酷似した “ 特権階級の象徴であり強欲の象徴 “ であって、すぐに廃止すべき
忌まわしい制度である。
こうした意図によって作られた天皇制の最大の教訓が太平洋戦争の惨禍であり結果である。 イスラム教圏の自爆テロ
を馬鹿な行為と思うかも知れないが、当時の扇動された日本国民はその狂信性そのままであった。 ただイスラム教徒
のマホメット信仰はその厳格な経典によるものだが、当時の日本国民の天皇への狂信性は社会性成熟の未熟さによる
ものと思われる。
この戦争を立案し命令した大日本帝国軍部の指導層は、処刑されるか自決するかでその戦争責任が追求されたが、
当時の天皇と天皇制の戦争責任は不問にされて処罰されてはいない。 この忌まわしい制度が中国への侵略戦争を
開始したが、来日した胡錦濤主席はそれについて何も言及しなかった。
これでは無駄死にしていった多くの中国国民と日本国民の無念はいつまでも消えることはないだろう。
. *** 意味のある偶然としての天変地変と自然信仰 ***
このような不合理さは人類の歴史には多く存在したことだろう。 また今回の胡錦濤主席の来日と四川省で起きた
大規模地震までの一連の出来事には、何か “ 意味のある偶然 “ のような関連性を思う人もいるかも知れない。
しかし今迄の長い人類の歴史から、人間達は農作物収穫のための “ 雨乞い “ などや自然災害が起きないための
祈願を行うなどしており、これはその祈願に自然界が応答するような “ 意味のある偶然 “ を感じ取っていたから
ではないだろうか。
それは素朴な自然信仰であり、そこから超越存在である神の概念が生まれてそれが宗教へと発展したのだと言える。
また時として意識変容による新興宗教の開祖者が出現することも事実だが、その開祖者でさえ神の概念そのものに
成ることはなくそれは神の概念を伝える “ 代理者 “ と考えるべきである。 その代理者の能力は一代限りの筈だが
人間の強欲はそれさえも無視して、開祖者の子孫達が神の代理者と称して居座る新興宗教もある。
. *** 大地震が起きぬ祈願として天皇制を廃止し土建屋政治に反対しよう ***
今回の四川省で起きた大規模地震をTVなどで過熱報道して、地震の恐怖を煽り立てている土建屋派閥の自民党集団
がいる。 大規模地震が日本国内で起きれば国民の税金はまた土建屋集団に流れることになるだろう。
地震が起きなくてもその恐怖を煽り立てることで、不要な耐震施工のための税金獲得を狙っている。 これまでの
不要な公共工事を見ても明らかなように、戦後から長く続いた土建屋派閥を主力とする今の自民党政治はひどく偏った
予算配分をしてきた。
これからは、日本において大規模地震が起きようともその復旧は土建屋集団に任せず、国民各自の
社会参加として “ 他者依存 “ ではなく自らが進んで参加する共同努力によって復興しようではないか。
それは特定集団だけが潤うこともなくそのことは社会性成熟がより一層進歩することだ。
それと共に自然の中で生存する私達人間集団の各自は、この自然界に対して “ 信頼しているという意思表示 “ を
明確に打ち出すべきである。
中国 四川省の省都である成都からそれ程遠くない地点を震源として大規模地震が発生した。
この大規模地震が発生する数日前に中国の胡錦濤国家主席が来日したが、中国への侵略戦争を “ 神の名 “ と称して
扇動して命令し、多くの中国国民と日本国民を無駄死にさせた天皇及び日本の天皇制の戦争責任を不問にするような
態度で、国税で賄われた天皇主催の歓迎レセプションに参加した。
その歓迎会が行われた日の深夜に、日本の茨城県沖を震源として震度5弱の地震が起きた。 その後、胡錦濤主席が
帰国してすぐに四川省の大規模地震が起きた訳である。 この一連の出来事について、それぞれは特に関連は無い
独立した偶発事象なのだろうと一般の常識人は思うかも知れない。
しかし日本の天皇制は西欧の王族のような、隣国との争いには必ずその先頭に立つといった経緯による成立とは違って
“ 現人神 “ と称することで平民から税や年貢を騙し取りやすくなるという、極めて悪質な意図によって作られた制度
であり、北朝鮮の金正日独裁体制に酷似した “ 特権階級の象徴であり強欲の象徴 “ であって、すぐに廃止すべき
忌まわしい制度である。
こうした意図によって作られた天皇制の最大の教訓が太平洋戦争の惨禍であり結果である。 イスラム教圏の自爆テロ
を馬鹿な行為と思うかも知れないが、当時の扇動された日本国民はその狂信性そのままであった。 ただイスラム教徒
のマホメット信仰はその厳格な経典によるものだが、当時の日本国民の天皇への狂信性は社会性成熟の未熟さによる
ものと思われる。
この戦争を立案し命令した大日本帝国軍部の指導層は、処刑されるか自決するかでその戦争責任が追求されたが、
当時の天皇と天皇制の戦争責任は不問にされて処罰されてはいない。 この忌まわしい制度が中国への侵略戦争を
開始したが、来日した胡錦濤主席はそれについて何も言及しなかった。
これでは無駄死にしていった多くの中国国民と日本国民の無念はいつまでも消えることはないだろう。
. *** 意味のある偶然としての天変地変と自然信仰 ***
このような不合理さは人類の歴史には多く存在したことだろう。 また今回の胡錦濤主席の来日と四川省で起きた
大規模地震までの一連の出来事には、何か “ 意味のある偶然 “ のような関連性を思う人もいるかも知れない。
しかし今迄の長い人類の歴史から、人間達は農作物収穫のための “ 雨乞い “ などや自然災害が起きないための
祈願を行うなどしており、これはその祈願に自然界が応答するような “ 意味のある偶然 “ を感じ取っていたから
ではないだろうか。
それは素朴な自然信仰であり、そこから超越存在である神の概念が生まれてそれが宗教へと発展したのだと言える。
また時として意識変容による新興宗教の開祖者が出現することも事実だが、その開祖者でさえ神の概念そのものに
成ることはなくそれは神の概念を伝える “ 代理者 “ と考えるべきである。 その代理者の能力は一代限りの筈だが
人間の強欲はそれさえも無視して、開祖者の子孫達が神の代理者と称して居座る新興宗教もある。
. *** 大地震が起きぬ祈願として天皇制を廃止し土建屋政治に反対しよう ***
今回の四川省で起きた大規模地震をTVなどで過熱報道して、地震の恐怖を煽り立てている土建屋派閥の自民党集団
がいる。 大規模地震が日本国内で起きれば国民の税金はまた土建屋集団に流れることになるだろう。
地震が起きなくてもその恐怖を煽り立てることで、不要な耐震施工のための税金獲得を狙っている。 これまでの
不要な公共工事を見ても明らかなように、戦後から長く続いた土建屋派閥を主力とする今の自民党政治はひどく偏った
予算配分をしてきた。
これからは、日本において大規模地震が起きようともその復旧は土建屋集団に任せず、国民各自の
社会参加として “ 他者依存 “ ではなく自らが進んで参加する共同努力によって復興しようではないか。
それは特定集団だけが潤うこともなくそのことは社会性成熟がより一層進歩することだ。
それと共に自然の中で生存する私達人間集団の各自は、この自然界に対して “ 信頼しているという意思表示 “ を
明確に打ち出すべきである。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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