中越地震に遭遇した経験
投稿者: setaujiyodo 投稿日時: 2008/05/17 16:42 投稿番号: [1246 / 15652]
テレビの画面からしかわからないが、きちんとした衛生的な避難所がないのだろうか?かの地震では翌日には学校、体育館、公民館など市町村のすべての施設が利用され、山間部山古志村の住人救助は3日間でほぼ完了していた。また、被災者への物資がヘリコプターから放り投げられるようなことはなく、食事、炊き出しも自衛隊が衛生的な環境で行っていた。一時的な食料は、ラップで包まれたおにぎり、サンドウイッチ、カップめんでまかなわれ、2〜3日で普通の食事が配給された。物資がいきわたらないのは、2日間くらいであったと思う。もちろん被災者の中でも、主婦や若者はそういう仕事をみんなで手伝っており、自分たちが何かをしてもらおうという考え方ではなかった。
アメリカのことわざに「チャイニーズファイヤーマン」という中国人の体質を揶揄する言葉がある。戦時中、中国で米義勇兵が見た中国的感覚は、何事も人海戦術をとる癖があるということを馬鹿にしているわけだ。確かにいまだに出てくるテレビ画面での光景は、物資を並んだ多くの兵士が手渡しで車両から降ろす姿だ。自衛隊はフォークリフトを使って2〜3人で処理していた。また工兵隊が、30人くらいは入れるお風呂を作ってくれて大変気持ちよかった。
仮設住宅は中国にないような気がして心配になってきている。どうか中国政府のお歴々、自分たちの面子にこだわり、国民に迷惑をかけないで謙虚に、もっと外国の力を借りたらどうだろうか?米英独の救助隊などは、相当な装備を持っているし、なんといっても日本も含めて、丁寧で清潔な環境に配慮が払われる援助が行われるであろう。
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