oninosisonの白け鳥飛んで行け!
投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/09/01 21:34 投稿番号: [9656 / 66577]
>天安門広場で中国共産党の批判をしても逮捕されない、
別に共産党大会でも、党員同士が批判しあっても逮捕されないし、中国政府が批判しても逮捕されないぜ。
敵対して、暴動を起こしたりテロをすれば逮捕されるだろ。
そんな事は日本でも米国でも同じだ。
オウムの麻原受刑者は逮捕されているだろ。
>ついに当局批判が出ましたね。
市民の民主と農民の保護をどちらかを取るかといえば、共産党は当然に農民を保護する。
しかし、現状では市民の求めていた、経済的なブルジュア民主が先行しすぎた。
つまり、これが都市と農村の貧富差の拡大だ。
これからは農村を豊かにして行く方向に進むだろう。
都市が豊かになる事で、全体を豊かにしてゆく基盤は既に完成しつつある。
まぁ、南巡講話の先富論が順調に進行しつつあるというわけだ。
南巡講話
毛沢東路線に決別し、訒小平の指導で1979年から始まった改革開放は、89年の天安門事件、さらに91年のソ連解体などで頓挫する危機に瀕した、中国は世界から孤立し、国内には保守派が台頭し、経済は88年以来の調整(引き締め)によって停滞した。
89歳の訒小平は92年の年初から春節の2月にかけて、広東省の深センや珠海、上海、武漢などを訪れた。この南方視察の意図は保守派への反撃にあった。ここで訒小平は改革開放と経済発展をさらに加速すること、改革開放は100年はやると発言。また上海の浦東開発を徹底して推進することも強調した。
「改革開放は肝っ玉をもっと大きくし、大胆に試みよ。纏足(てんそく)の女みたいでは駄目だ。これと見定めたら大胆に実験し、大胆に突き進め。『冒進』の精神がひとかけらもなく、気迫、気力がなければ、すばらしい道も切り開けず、新しい事業もやれない。突き進む勇気がないのは、とどのつまり資本主義のものが増え、資本主義の道を歩んでいるのではないかと恐れているからだ」
あまりにも大胆すぎる訒小平の乾坤一擲の檄は、3月に党の正式文書(2号文件)となり、改革開放は加速し、同年の14全大会では社会主義市場経済路線が確立した。
「白い猫でも黒い猫でもネズミをとる猫は良い猫だ」(白猫黒猫論)、「先に豊かになれるところから豊かになればよい」(先富論)という訒小平の路線は、その後にバブルや貧富の格差などの社会経済問題を生んだが、改革開放を加速し中国経済発展の原動力となった歴史的功績は大きい。
先富論 共同富裕論
広大な国土と膨大な人口を抱える貧しい中国は一挙に豊かになることはできないから、まず一部の地域が先に豊かになり、その先行した地域が相対的に貧しい地域を引き上げるという考え方が「先富論」である。訒小平が1992年初頭の「南巡講話」などで示した中国の発展戦略。豊かな中国を目指すための一種の必要悪的な方法論とも考えられる。
こうした戦略は1990年代を通じて沿海部の発展を促した。しかし、現状は富めるものはますます富み、貧富の格差は拡大した。貧しいものも昔よりは良くなったことも事実だが、沿海部と内陸部、都市と農村、地域内の所得格差などが進んだ。こうした現状を放置しておけば、社会の安定はもちろん、経済発展の障害ともなる。
訒小平は80年代末に「二つの大局」構想を打ち出している。①先に沿海地区を発展させるが、西部は大局に心を配る、②沿海地区は発展した後に西部開発を支援する、というもの。沿海地域を優先的に発展させた結果生まれる格差の是正については、発展した地域が遅れた地域を支援するという二段階戦略である。
最近では、「西部大開発」などによって遅れた内陸を開発し、格差を是正するという均衡の側面が重視されつつある。第一段階から第二段階への移行である。都市部の失業対策、農民の負担軽減なども強調されはじめた。つまり、一緒に豊かになろうという「共同富裕論」に軸足が移りつつある。
胡錦涛−温家宝体制が、先富論的な政策を調整しつつあることは間違いないところである。2003年11月の党・国務院による中央経済工作会議で決定された04年の経済政策の基本方針でも、都市と農村の格差解消と協調発展、福祉重視が鮮明になった。
>私儀、農村出身では有りますが現在ハイテク産業のエンジニアであります。ちなみにシェア世界No.1。(ほんとですよ)と言っても日本には世界No.1がごまんとありますので何のことだかわからないでしょうが、
そうか、その言い方は農村を馬鹿にしているのか!
チミは農民を裏切ったのか。
別に共産党大会でも、党員同士が批判しあっても逮捕されないし、中国政府が批判しても逮捕されないぜ。
敵対して、暴動を起こしたりテロをすれば逮捕されるだろ。
そんな事は日本でも米国でも同じだ。
オウムの麻原受刑者は逮捕されているだろ。
>ついに当局批判が出ましたね。
市民の民主と農民の保護をどちらかを取るかといえば、共産党は当然に農民を保護する。
しかし、現状では市民の求めていた、経済的なブルジュア民主が先行しすぎた。
つまり、これが都市と農村の貧富差の拡大だ。
これからは農村を豊かにして行く方向に進むだろう。
都市が豊かになる事で、全体を豊かにしてゆく基盤は既に完成しつつある。
まぁ、南巡講話の先富論が順調に進行しつつあるというわけだ。
南巡講話
毛沢東路線に決別し、訒小平の指導で1979年から始まった改革開放は、89年の天安門事件、さらに91年のソ連解体などで頓挫する危機に瀕した、中国は世界から孤立し、国内には保守派が台頭し、経済は88年以来の調整(引き締め)によって停滞した。
89歳の訒小平は92年の年初から春節の2月にかけて、広東省の深センや珠海、上海、武漢などを訪れた。この南方視察の意図は保守派への反撃にあった。ここで訒小平は改革開放と経済発展をさらに加速すること、改革開放は100年はやると発言。また上海の浦東開発を徹底して推進することも強調した。
「改革開放は肝っ玉をもっと大きくし、大胆に試みよ。纏足(てんそく)の女みたいでは駄目だ。これと見定めたら大胆に実験し、大胆に突き進め。『冒進』の精神がひとかけらもなく、気迫、気力がなければ、すばらしい道も切り開けず、新しい事業もやれない。突き進む勇気がないのは、とどのつまり資本主義のものが増え、資本主義の道を歩んでいるのではないかと恐れているからだ」
あまりにも大胆すぎる訒小平の乾坤一擲の檄は、3月に党の正式文書(2号文件)となり、改革開放は加速し、同年の14全大会では社会主義市場経済路線が確立した。
「白い猫でも黒い猫でもネズミをとる猫は良い猫だ」(白猫黒猫論)、「先に豊かになれるところから豊かになればよい」(先富論)という訒小平の路線は、その後にバブルや貧富の格差などの社会経済問題を生んだが、改革開放を加速し中国経済発展の原動力となった歴史的功績は大きい。
先富論 共同富裕論
広大な国土と膨大な人口を抱える貧しい中国は一挙に豊かになることはできないから、まず一部の地域が先に豊かになり、その先行した地域が相対的に貧しい地域を引き上げるという考え方が「先富論」である。訒小平が1992年初頭の「南巡講話」などで示した中国の発展戦略。豊かな中国を目指すための一種の必要悪的な方法論とも考えられる。
こうした戦略は1990年代を通じて沿海部の発展を促した。しかし、現状は富めるものはますます富み、貧富の格差は拡大した。貧しいものも昔よりは良くなったことも事実だが、沿海部と内陸部、都市と農村、地域内の所得格差などが進んだ。こうした現状を放置しておけば、社会の安定はもちろん、経済発展の障害ともなる。
訒小平は80年代末に「二つの大局」構想を打ち出している。①先に沿海地区を発展させるが、西部は大局に心を配る、②沿海地区は発展した後に西部開発を支援する、というもの。沿海地域を優先的に発展させた結果生まれる格差の是正については、発展した地域が遅れた地域を支援するという二段階戦略である。
最近では、「西部大開発」などによって遅れた内陸を開発し、格差を是正するという均衡の側面が重視されつつある。第一段階から第二段階への移行である。都市部の失業対策、農民の負担軽減なども強調されはじめた。つまり、一緒に豊かになろうという「共同富裕論」に軸足が移りつつある。
胡錦涛−温家宝体制が、先富論的な政策を調整しつつあることは間違いないところである。2003年11月の党・国務院による中央経済工作会議で決定された04年の経済政策の基本方針でも、都市と農村の格差解消と協調発展、福祉重視が鮮明になった。
>私儀、農村出身では有りますが現在ハイテク産業のエンジニアであります。ちなみにシェア世界No.1。(ほんとですよ)と言っても日本には世界No.1がごまんとありますので何のことだかわからないでしょうが、
そうか、その言い方は農村を馬鹿にしているのか!
チミは農民を裏切ったのか。
これは メッセージ 9573 (oninosison さん)への返信です.
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