歴史認識について
投稿者: aitehabaka 投稿日時: 2003/10/02 10:31 投稿番号: [939 / 66577]
貴方との議論は大変良質なものです。
お互いに相手の立場を確認して、お互いに反省することは、大変重要だと思います。
この世の中に、罪を犯していない政府はありません。
それぞれの人々は、それぞれの立場から見た歴史は、違う色であることも極自然のものでしょう。
ですげと、中国人全体、中国の歴史、中国文化を侮辱することは、まさに民主主義が主張した合理性、客観性を根本から否定するものです。そこから生まれるのは、エスカレートの侮辱、恨み、不信感というようなものにほかならないです。
日本人の方も、そういう風に言われると、怒りを禁じえないでしょう。
議論の土台を築くには、共通認識が必ずしも必要ではありません。
それぞれの認識が(正しいかどうか関係ない)違いますから、論じようとしているではありませんか。
中国政府に対して、日本政府に対して、一部の中国人に対して、一部の日本人に対して、不満がある、怒りがある。
これは、この世の本来の姿でしょう。誰が誰かを罵倒する、相手の意見(侮辱ではなく)を押すつぶすというような考えは根本から可笑しいです。(私自身にも言えます。)
ですが、議論をする気持ちではなく、相手の国と国民を侮辱しようとする気持ちを持って暴言を発する奴に対しては、互いに道理、法理を通じないから、残りの道は、ただ一つ、侮辱の言葉をそのまま返すという方法しかないではありませんか。
私は確かにどんでもない馬鹿野郎だが、でも私以外に、中国にはたくさんの心がきれいな人々がいる、善良な人々がいる、友情をなりよりも大切にする人々がいる、日本人の子供を自分の子供のように大切に育てた人々がいる。もちろん私の親、兄弟もいる。
これらの人々の名誉と人間としての基本尊厳を守るために、私は最低の野郎となってもいいです。これは、私の民主主義です。
ごめんなさい、まだ宣伝、捏造しちゃったかな。
これは メッセージ 934 (ssstridermax さん)への返信です.
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