>日本の記者の愚かさに頭を下げます
投稿者: xiwajp 投稿日時: 2004/08/11 06:17 投稿番号: [7729 / 66577]
私は、中国人の一人ですが、貴方の書き込みの中で特に下記のところに共感を覚えましたので、私の所見を簡単に披瀝し、共勉したいと思います。
(>私たちの間違いを反省します。しかし、あなたたちの問題の本質を避ける卑劣なやり方は汚いです。)
日本のマスコミの愚かさには私もつくづく思ったところがありますが、なぜそのような様相を呈するのでしょうか。端的にいえば、彼ら特有な物事の考え方が根底にあるからです。狭い視野と胸襟からくる短絡的な考え方に、彼ら独特の集団主義的な文化が加わった結果なのです。
厳しい〔村」社会文化の中で人の目が怖いがゆえに、日本人特有の「正直さ」が培ってきたことは確かでしょうが、その反面、貴方のご指摘の品性も持ち合わせていることも事実だと思います。
彼らのそのような独特な考え方のために、往々にして「日本の常識は世界の非常識で、世界の常識は日本では非常識」になってしまうといわれているゆえんでもあります。これは、日本でもかなりの右翼的な傾向をお持ちの名高き学者がいつも口にしている言葉なのです。一般に日本人の論理自体がおかしいところがあるのです。一番端的な表れとして、日本が他国と争い事が生じるたびに、いつも自分たちが受けた被害ばかり大げさに扱って、自分がそれに先立って相手に与えた被害には目を背けてしまう(あるいはそもそも考えがそこまで及ばないかもしれない)ことなのです。このような論理が世界に通じるわけがないでしょう。だから、国際舞台での議論ではすぐに打ち負かされてしまうし、相手にさえされない場合もあるでしょう。結局自分のためにもならないのです。歴史認識の問題から、原爆問題、靖国神社問題、教科書検定問題、そして、北朝鮮拉致問題まで、いずれもそのような考え方が根底にあることに気づくでしょう。真摯の反省もない上、言い訳ばかりしていることですね。そもそも、彼らには過ちを素直に認めて反省するより、相手がちょっとでも指摘しようとするとすぐ逆切れしてしまう性向を感じたことはないでしょうか。
日本社会は、戦後アメリカの占領統治のお陰で、一応形の上では民主・自由体制を繕ってはいるのですが、それはあくまでも国家との関係においてだけであって、市民レベルでは管理社会であり、最も自由のない一つの国ではないだろうかと思ったことがあります。したがって、そもそもまともな議論らしきものがほぼないに等しい社会文化で、表の舞台で正々堂々と議論を交わす風潮があまりなくて、陰湿の裏でしか話が出来ないから、そもそも論理力とか度量とかフェアセンスとかいうものが育ちにくいのではないでしょうか。だから、世界的にトップレベルの経済大国になって久しく、また、人の目が気になってそれなりに一生懸命にやってきたつもりなんだけど、なかなか世界から信頼が寄せられないし、それにふさわしい尊敬を受けられないで悩んでいるように見えます。これが「先進国」日本の現在の有様でしょうね。もちろん、日本にもその独特文化の中で、それなりのすばらしいところは沢山あると、私個人的には思っていますが、同時に上記のような致命的な短所もはらんでいるのも事実だと思っています。特に許されがたいのは、つい近世まで人の大変なお世話になってたくせに、また、今現在でも貴方のご指摘のところも多々あるくせに、ちょっと後れている国々の人々に対してむやみに偏見を持って見下し、清高さを装っていることなのです。
今回の事件で日本の国民は、大変怒られていますが、本当に論理的な先進国家の国民なら、これに先立ち、レベルの低い一部の国会議員たる政治家の言動に対しても同様に怒りの声を上げるべきだったでしょう。それから、今回そのように怒るなら、誰も文句を言う人はいないで、みんなすっきり納得するでしょうね。歴史問題についても真摯の反省の機運が日本社会から感じられていたなら、他の国もそこまで厳しく追及しないだろうし、今回のような事件も避けられたのではないでしょうか。そんな真摯な反省はなしで、やっていることを見ればいいわけばかりつけているから、被害者側が納得するはずがないでしょう。これはもし日本がその逆の立場にあった場合は、もっとひどいことをしでかすかもしれないですね。今のやり方から見ればね。
中国に存在する問題は、いろいろな現実の制約の中で、今のところではどうしようもない制度自体の問題であるが、日本には人々の考え方自体に問題があるように思いますね。お互いのための議論であろうが、日本のための建設的な話であろうが、些かでも日本に対する悪口みたいな成分が含んでいれば、すぐ嫌われるし、「村八分」にされてしまう始末ですね。これが「先進国」日本の有様ですね。だから、今のところ、彼らとの議論を通じてお互い理解を深めようとは思いもしないようにな
(>私たちの間違いを反省します。しかし、あなたたちの問題の本質を避ける卑劣なやり方は汚いです。)
日本のマスコミの愚かさには私もつくづく思ったところがありますが、なぜそのような様相を呈するのでしょうか。端的にいえば、彼ら特有な物事の考え方が根底にあるからです。狭い視野と胸襟からくる短絡的な考え方に、彼ら独特の集団主義的な文化が加わった結果なのです。
厳しい〔村」社会文化の中で人の目が怖いがゆえに、日本人特有の「正直さ」が培ってきたことは確かでしょうが、その反面、貴方のご指摘の品性も持ち合わせていることも事実だと思います。
彼らのそのような独特な考え方のために、往々にして「日本の常識は世界の非常識で、世界の常識は日本では非常識」になってしまうといわれているゆえんでもあります。これは、日本でもかなりの右翼的な傾向をお持ちの名高き学者がいつも口にしている言葉なのです。一般に日本人の論理自体がおかしいところがあるのです。一番端的な表れとして、日本が他国と争い事が生じるたびに、いつも自分たちが受けた被害ばかり大げさに扱って、自分がそれに先立って相手に与えた被害には目を背けてしまう(あるいはそもそも考えがそこまで及ばないかもしれない)ことなのです。このような論理が世界に通じるわけがないでしょう。だから、国際舞台での議論ではすぐに打ち負かされてしまうし、相手にさえされない場合もあるでしょう。結局自分のためにもならないのです。歴史認識の問題から、原爆問題、靖国神社問題、教科書検定問題、そして、北朝鮮拉致問題まで、いずれもそのような考え方が根底にあることに気づくでしょう。真摯の反省もない上、言い訳ばかりしていることですね。そもそも、彼らには過ちを素直に認めて反省するより、相手がちょっとでも指摘しようとするとすぐ逆切れしてしまう性向を感じたことはないでしょうか。
日本社会は、戦後アメリカの占領統治のお陰で、一応形の上では民主・自由体制を繕ってはいるのですが、それはあくまでも国家との関係においてだけであって、市民レベルでは管理社会であり、最も自由のない一つの国ではないだろうかと思ったことがあります。したがって、そもそもまともな議論らしきものがほぼないに等しい社会文化で、表の舞台で正々堂々と議論を交わす風潮があまりなくて、陰湿の裏でしか話が出来ないから、そもそも論理力とか度量とかフェアセンスとかいうものが育ちにくいのではないでしょうか。だから、世界的にトップレベルの経済大国になって久しく、また、人の目が気になってそれなりに一生懸命にやってきたつもりなんだけど、なかなか世界から信頼が寄せられないし、それにふさわしい尊敬を受けられないで悩んでいるように見えます。これが「先進国」日本の現在の有様でしょうね。もちろん、日本にもその独特文化の中で、それなりのすばらしいところは沢山あると、私個人的には思っていますが、同時に上記のような致命的な短所もはらんでいるのも事実だと思っています。特に許されがたいのは、つい近世まで人の大変なお世話になってたくせに、また、今現在でも貴方のご指摘のところも多々あるくせに、ちょっと後れている国々の人々に対してむやみに偏見を持って見下し、清高さを装っていることなのです。
今回の事件で日本の国民は、大変怒られていますが、本当に論理的な先進国家の国民なら、これに先立ち、レベルの低い一部の国会議員たる政治家の言動に対しても同様に怒りの声を上げるべきだったでしょう。それから、今回そのように怒るなら、誰も文句を言う人はいないで、みんなすっきり納得するでしょうね。歴史問題についても真摯の反省の機運が日本社会から感じられていたなら、他の国もそこまで厳しく追及しないだろうし、今回のような事件も避けられたのではないでしょうか。そんな真摯な反省はなしで、やっていることを見ればいいわけばかりつけているから、被害者側が納得するはずがないでしょう。これはもし日本がその逆の立場にあった場合は、もっとひどいことをしでかすかもしれないですね。今のやり方から見ればね。
中国に存在する問題は、いろいろな現実の制約の中で、今のところではどうしようもない制度自体の問題であるが、日本には人々の考え方自体に問題があるように思いますね。お互いのための議論であろうが、日本のための建設的な話であろうが、些かでも日本に対する悪口みたいな成分が含んでいれば、すぐ嫌われるし、「村八分」にされてしまう始末ですね。これが「先進国」日本の有様ですね。だから、今のところ、彼らとの議論を通じてお互い理解を深めようとは思いもしないようにな
これは メッセージ 7568 (koshibamiho さん)への返信です.
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