中国

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> 中国が反ソ連であった事?

投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/08/05 23:35 投稿番号: [7020 / 66577]
gogai3000ちゃん
知性無き事をさらけ出した。
まあ、文化人にはばれていた事だが・・・。

このサイトで勉強しなさい。

歴史を溯る
第2次世界大戦後の世界

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Ayame/4875/sakanobori/sengo.html

抜粋

毛沢東の闘争

  65年に始まった中国のプロレタリア文化大革命は、端的に言って毛沢東による奪権闘争だった。毛沢東は優れた思想家であったかもしれないが、指導者、政治家としては失格だった。内戦当時からカリスマではあったが、実際に戦いを勝ち抜いていったのは共産党軍の幹部達だった。彼らはまた中華人民共和国成立後の実質的な国家指導者であった。しかし彼らもまた毛沢東をカリスマとして仰いでいたことは末端の共産党員と変わらなかった。毛沢東がいたからこそ、日本軍、国民党軍との戦争を戦い抜き、そして勝利できたのだ。あの苦しい「長征」も毛沢東なしでは不可能だった。このカリスマ性が毛沢東自身をも誤らせてしまった。
  58年から60年までの「大躍進」運動は、次第に国家としての形を整えつつある中国政府において、自らの立場に危機感を覚えた毛沢東の神経症的な最初の奪権闘争であった。毛沢東とは、困難な時代にこそその力を発揮できる「乱世の英雄」だったのだ。平和の時代には彼のようなエキセントリックな思想家の活躍する場はない。彼はカリスマに納まってしまうことを、あるいは失脚と感じていたのかもしれない。大躍進に失敗し、権力が劉少奇ら現実主義者の手に渡ったと感じるや、プロレタリア文化大革命を発動し、現実主義の政治化を資本主義の手先、反革命分子として抑圧していった。
  国内に異常な嵐の吹き荒れる共産中国の舵を取っていたのは周恩来だった。ソ連との路線対立から本来的であるはずのアメリカと国交を樹立した。またこの時代、独自に核兵器を開発し、米ソに続く核保有国となった。中国の存在感は次第に大きくなっていった。それを指導したのは毛沢東ではない。毛沢東はすでに国際的にもカリスマ、つまり祭り上げられた存在となっていた。実際に中国を動かしていたのは周恩来ら現実的政治家であった。



中国と国際関係

http://www.ask.ne.jp/~judai/china99.htm

抜粋

Ⅱ 中ソ対立

  中ソ対立は、中国の安全保障を考える上で看過できない重要な出来事であったと言える。この中ソ対立では、中国にとっての価値を守ろうとした結果、中国の脅威が変化した。それまでは、資本主義国、特にアメリカや日本がその対象であったのに対し、同じ共産主義陣営であるソ連にも対象が向けられたのである。この意味において中国の安全保障は根本的変化を遂げたと言える。
これら中国の安全保障観の変化は、国内政策、対外政策にも影響を及ぼすことになった。国内政策においては文化大革命に、対外政策においては二つの中間地帯論、米中和解へとつながっていくことになった。こういったことから、中ソ対立は中国にとって転換点であったと言える。以下でそれを論証する。
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