Re: ◆満州事変は防共戦→敗戦で共産化招く
投稿者: todorigafuti 投稿日時: 2008/08/06 07:06 投稿番号: [66187 / 66577]
>◇事件前後の情勢の考察〜新資料から導かれる結論
・日本は日露戦争勝利以来、満州権益の保全に腐心し、満州軍閥の張作霖と協力関係を築いてきた
・蒋介石の北伐を、山東出兵して妨害するほど張作霖に肩入れしていた日本には、北京から満州に退却直後の盟友を爆殺する動機が見当たらない。
動機は満州占領だがね。 張作霖が邪魔になっただけの話だよ 張作霖を追い出して 満州国の建国 これが日本の動機だがね。 でなけりゃ 張作霖が満州国の長になってただろうって話だよ しかし 実権は日本政府が握ってるってのが 現実の話だよ(笑)
>・爆殺の結果、日本には、①長年の盟友喪失と②国際的信用失墜という実害だけが残ってしまった
ここに大きな矛盾があるの? 気つかないかい? デリちゃん デリちゃんの アタマの欠陥がここにあるんだよ ね、、ん
アンタの云う
「・戦後、河本元大佐の"証言"(実際は河本氏の義弟が本人を騙って執筆)が発表され、以降、関東軍謀略説が問答無用の"歴史的事実"として固定化されてしまった。」
ならば なぜ 事件当時 まだ 誰が犯人かも発覚していない時期に なぜ
「爆殺の結果、日本には、①長年の盟友喪失と②国際的信用失墜という実害だけが残ってしまった」
って結論になるんだろうかね? おかしな事だね(笑)おもわず 笑っちゃったけど ちょっと 詳細を説明する必要があるんじゃないかい?
国際社会では日本政府が 張作霖を爆殺した って理解?されてたようだけど、、ちゃうの チャウチャウ?
>河本大作は、戦後は太原(たいげん)戦犯管理所という所に入れられまして、中共の戦犯管理の中で三年間過ごし、そこで亡くなっています。
手記も何も書いていません。じゃあ『文藝春秋』昭和二十九年十二月号に載った「私が張作霖を爆殺した」という、あの河本告白記というのは誰が書いたかというと、これは河本の義弟で作家の平野零児が書いている。彼は戦前は治安維持法で何度か警察に捕まっている人なんです。その人が河本の一人称を使って書いたわけです。その内容も当時、ほとんど誰も確認せずにそのまま活字になっている<
だから 事件当時は ソ連の工作員の仕業か? あるいは 河本大作の仕業か?
アンタの説でいけば 解らなかったんじゃないの? それで日本政府の不利益だけが 強調されるって話 おかしかないかい? おかしいと 思うよ(笑)
>・一方、1924年に外モンゴルの共産化に成功していたソ連は、コミンテルンを通じて中国共産党を指導し、また中国国民党に浸透して中国全土を共産化する計画を推し進めていた。(これは後に実現)・・・ソ連には動機があり且つ事件から実益も得ている
なにも 満州の張作霖にまで 手を出す理由なんて どこにも無いがね(笑)
当時は周恩来 毛軍と蒋介石軍が戦いを激化させていた時代だ。張作霖を手に掛けるよりも 蒋介石を狙うのがソ連の筋だと 思うけどね(笑)
アンタの話は これだから おもしろいんだよ、、もう少し ひねってくれると 実に 楽しいんだけどね。
でりちゃん 半花丸だね、、もうすこし 頑張りましょう 楽しみにしてるよ デリちゃん フャイト。 次回は もう少しヒネッってみましょうね。
・日本は日露戦争勝利以来、満州権益の保全に腐心し、満州軍閥の張作霖と協力関係を築いてきた
・蒋介石の北伐を、山東出兵して妨害するほど張作霖に肩入れしていた日本には、北京から満州に退却直後の盟友を爆殺する動機が見当たらない。
動機は満州占領だがね。 張作霖が邪魔になっただけの話だよ 張作霖を追い出して 満州国の建国 これが日本の動機だがね。 でなけりゃ 張作霖が満州国の長になってただろうって話だよ しかし 実権は日本政府が握ってるってのが 現実の話だよ(笑)
>・爆殺の結果、日本には、①長年の盟友喪失と②国際的信用失墜という実害だけが残ってしまった
ここに大きな矛盾があるの? 気つかないかい? デリちゃん デリちゃんの アタマの欠陥がここにあるんだよ ね、、ん
アンタの云う
「・戦後、河本元大佐の"証言"(実際は河本氏の義弟が本人を騙って執筆)が発表され、以降、関東軍謀略説が問答無用の"歴史的事実"として固定化されてしまった。」
ならば なぜ 事件当時 まだ 誰が犯人かも発覚していない時期に なぜ
「爆殺の結果、日本には、①長年の盟友喪失と②国際的信用失墜という実害だけが残ってしまった」
って結論になるんだろうかね? おかしな事だね(笑)おもわず 笑っちゃったけど ちょっと 詳細を説明する必要があるんじゃないかい?
国際社会では日本政府が 張作霖を爆殺した って理解?されてたようだけど、、ちゃうの チャウチャウ?
>河本大作は、戦後は太原(たいげん)戦犯管理所という所に入れられまして、中共の戦犯管理の中で三年間過ごし、そこで亡くなっています。
手記も何も書いていません。じゃあ『文藝春秋』昭和二十九年十二月号に載った「私が張作霖を爆殺した」という、あの河本告白記というのは誰が書いたかというと、これは河本の義弟で作家の平野零児が書いている。彼は戦前は治安維持法で何度か警察に捕まっている人なんです。その人が河本の一人称を使って書いたわけです。その内容も当時、ほとんど誰も確認せずにそのまま活字になっている<
だから 事件当時は ソ連の工作員の仕業か? あるいは 河本大作の仕業か?
アンタの説でいけば 解らなかったんじゃないの? それで日本政府の不利益だけが 強調されるって話 おかしかないかい? おかしいと 思うよ(笑)
>・一方、1924年に外モンゴルの共産化に成功していたソ連は、コミンテルンを通じて中国共産党を指導し、また中国国民党に浸透して中国全土を共産化する計画を推し進めていた。(これは後に実現)・・・ソ連には動機があり且つ事件から実益も得ている
なにも 満州の張作霖にまで 手を出す理由なんて どこにも無いがね(笑)
当時は周恩来 毛軍と蒋介石軍が戦いを激化させていた時代だ。張作霖を手に掛けるよりも 蒋介石を狙うのがソ連の筋だと 思うけどね(笑)
アンタの話は これだから おもしろいんだよ、、もう少し ひねってくれると 実に 楽しいんだけどね。
でりちゃん 半花丸だね、、もうすこし 頑張りましょう 楽しみにしてるよ デリちゃん フャイト。 次回は もう少しヒネッってみましょうね。
これは メッセージ 65960 (alas_and_alack2008 さん)への返信です.
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