人権意識
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/06/23 00:39 投稿番号: [66091 / 66577]
人権とは人間の権利であり、これは本来普遍的な物だ。
基本は生存の権利
それを前提として
教育を受ける権利
自由な信教、思想の権利
職業選択の権利
自由な言論の権利
自由に住居を定める権利
などであり、それは全ての人間に平等でなければならない。
したがって、男女、年齢、職業、教育、病気、障害などにより上記の権利に差が出てはならない。
人権とは自由が保障され、平等であることが条件となる。
全ての人間が等しい権利を持つ以上、他者の権利を侵してはならない。これがなければ、犯罪は好き放題と言うことになる。
これらの条件が全て満たされて、人権が守られたと言える。むろん、日本や欧米も不完全な面はあろう。だからより完全な人権を確立するために努力をしなければならないのだが、人間はそれぞれ異なる価値観を持ち、故に己の権利を主張することで他者の権利を侵害することがある。それゆえに、妥協が必要になる。すなわち、事実上無制限の自由はあり得ず、また無制限の平等もあり得ない。
パンダの人権意識に日本人が同意出来ないのは、パンダが理解している人権が全く本来の人権とかけ離れているからだ。
まず
パンダの言う人権とは自由がない。中国にも中共の政策に不満を持ち批判をする人間はいるはずだが、国家の分裂をもくろむのだから取り締まるのが当然だと、中共を擁護している。これで、パンダが自由と言うことを全く理解せず、人権を口にしていることが分かる。
パンダの言う人権には平等がない。チベット人にも法輪功の学者にも己の意見を主張する権利がある。が、それらが認められず弾圧の対象になっている。それをパンダは当然視している。故にパンダの頭の中にある人権は、人権ではない。
パンダに言う人権では、多くの人間は基本の生存権さえ保証されていない。
法の適用が金のあるなし、農村籍、都会籍、あるいは党の幹部と地方の人民では罪を犯しても適用がことなり、また人民は役人の不正に法の処罰を期待出来ない。これはパンダが是としているかどうかは分からないが、中国の姿だ。
だから、日本人はパンダの人権に同意出来ないのだ。
むろん、パンダがそのように教育され刷り込まれているから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、パンダは自分の人権に対する概念が間違っている事実から学ぶことを始めるべきだ。
基本は生存の権利
それを前提として
教育を受ける権利
自由な信教、思想の権利
職業選択の権利
自由な言論の権利
自由に住居を定める権利
などであり、それは全ての人間に平等でなければならない。
したがって、男女、年齢、職業、教育、病気、障害などにより上記の権利に差が出てはならない。
人権とは自由が保障され、平等であることが条件となる。
全ての人間が等しい権利を持つ以上、他者の権利を侵してはならない。これがなければ、犯罪は好き放題と言うことになる。
これらの条件が全て満たされて、人権が守られたと言える。むろん、日本や欧米も不完全な面はあろう。だからより完全な人権を確立するために努力をしなければならないのだが、人間はそれぞれ異なる価値観を持ち、故に己の権利を主張することで他者の権利を侵害することがある。それゆえに、妥協が必要になる。すなわち、事実上無制限の自由はあり得ず、また無制限の平等もあり得ない。
パンダの人権意識に日本人が同意出来ないのは、パンダが理解している人権が全く本来の人権とかけ離れているからだ。
まず
パンダの言う人権とは自由がない。中国にも中共の政策に不満を持ち批判をする人間はいるはずだが、国家の分裂をもくろむのだから取り締まるのが当然だと、中共を擁護している。これで、パンダが自由と言うことを全く理解せず、人権を口にしていることが分かる。
パンダの言う人権には平等がない。チベット人にも法輪功の学者にも己の意見を主張する権利がある。が、それらが認められず弾圧の対象になっている。それをパンダは当然視している。故にパンダの頭の中にある人権は、人権ではない。
パンダに言う人権では、多くの人間は基本の生存権さえ保証されていない。
法の適用が金のあるなし、農村籍、都会籍、あるいは党の幹部と地方の人民では罪を犯しても適用がことなり、また人民は役人の不正に法の処罰を期待出来ない。これはパンダが是としているかどうかは分からないが、中国の姿だ。
だから、日本人はパンダの人権に同意出来ないのだ。
むろん、パンダがそのように教育され刷り込まれているから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、パンダは自分の人権に対する概念が間違っている事実から学ぶことを始めるべきだ。
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