Re: これが日本人の意識?
投稿者: isamu309 投稿日時: 2008/02/14 19:31 投稿番号: [64937 / 66577]
>で、本論としての日本民主主義天から降ってきた説はどうなったんでしょうか。<
少し極端ですね。そう言う言い方をした覚えはありません。
日本の民主主義は西欧文明と同時に支配階層に依って輸入され流布されたものであって、国民が自発的に権力に要求したものでは無い、と言っているだけです。動機は新政府が、西欧社会から遅れた政治体制である、と見られることを回避する為です。(伝聞が事実であれば、坂本竜馬など一部の人々には民主主義の意義は理解されていたようですが、大方は下級士族階層や富裕な商人など一部の階層に限られたのではないでしょうか。)
西欧の民主主義は、自ら生み出したデモクラシーと言う概念を、文字通り血で贖いながら実践していったものですから、民主主義の意義や意味への理解と言う点で、当時の日本の有権者(永らく『政はお上のもの』と言う安易な政治環境にいた大多数の人々)の理解とは天地ほどの開きがあったでしょうね。
>日本はドイツ同様、戦前から民主国家であったと言うのは間違いですか?<
話がそれているようですね。私が言い続けているのは日本人の民主主義に対する理解度です。何度も、日本人の意識の根底に流れる政治に対する意識は申し上げてきました。そしてそれは凡そ民主主義にはふさわしくない意識であることを。
こういった意識が、2世3世議員の増加と言う形で未だに表れている、と言っている訳です。
民主主義政体を取っているから、で満足してしまっては、日本の民主主義の成熟は永遠に望めないと思うのです。
>七〇年前、日本が戦争をしないで欧米の人種差別主義者達と軋轢を避けることで現在の世界秩序はよりよくなっているという根拠はどうなったんでしょうか。七〇年前の日本の行為は愚であったというなら、他の選択肢はどうなったんでしょうか。<
単純に西欧の人種的偏見に基づく植民地主義と、アジア人種である日本の対立と言う捉え方をすれば回避の方法も無かったでしょうね。
しかし国際的な利害と言う視点に立てば、現実にはいくらでも立つ瀬はあったはずでしょう。特に資本主義国であり、反共と言う立場では欧米諸国と共通の利害がありましたからね。
ところが現実には、自意識の肥大に陥いった軍(二二六事件、五一五事件を引き起こして憲政をないがしろにし、関東軍は政府に統帥権は無いと手前勝手な論旨を展開して勝手に戦争を始めた)を抑制することも出来ず、するずると戦争の拡大を続けた。一体どこに民主主義が存在したのでしょうか?それともこの無様な行為が国民全体の総意だとでも?
もっとも恥ずべきは軍で、開戦前のシミュレーションで百選百敗だった対米戦に、明確な戦略的展望も無いまま突入したことでしょう。既に国家としての理性など失っていた良い証左です。面子を捨てて中国、満州から完全に手を引けば良かっただけなのですから。
もちろんそれで事が収まったかどうかは判りません。ただ資本主義諸国は台頭する共産主義と対決する時期を迎えていたことも事実です。日本が資本主義体制を堅持する限り、矛先を逸らす方法が無かったとは思えません。(戦後、数々の独裁国家が共産主義を敵視することで延命しつづけたのは周知の事実です。)
少し極端ですね。そう言う言い方をした覚えはありません。
日本の民主主義は西欧文明と同時に支配階層に依って輸入され流布されたものであって、国民が自発的に権力に要求したものでは無い、と言っているだけです。動機は新政府が、西欧社会から遅れた政治体制である、と見られることを回避する為です。(伝聞が事実であれば、坂本竜馬など一部の人々には民主主義の意義は理解されていたようですが、大方は下級士族階層や富裕な商人など一部の階層に限られたのではないでしょうか。)
西欧の民主主義は、自ら生み出したデモクラシーと言う概念を、文字通り血で贖いながら実践していったものですから、民主主義の意義や意味への理解と言う点で、当時の日本の有権者(永らく『政はお上のもの』と言う安易な政治環境にいた大多数の人々)の理解とは天地ほどの開きがあったでしょうね。
>日本はドイツ同様、戦前から民主国家であったと言うのは間違いですか?<
話がそれているようですね。私が言い続けているのは日本人の民主主義に対する理解度です。何度も、日本人の意識の根底に流れる政治に対する意識は申し上げてきました。そしてそれは凡そ民主主義にはふさわしくない意識であることを。
こういった意識が、2世3世議員の増加と言う形で未だに表れている、と言っている訳です。
民主主義政体を取っているから、で満足してしまっては、日本の民主主義の成熟は永遠に望めないと思うのです。
>七〇年前、日本が戦争をしないで欧米の人種差別主義者達と軋轢を避けることで現在の世界秩序はよりよくなっているという根拠はどうなったんでしょうか。七〇年前の日本の行為は愚であったというなら、他の選択肢はどうなったんでしょうか。<
単純に西欧の人種的偏見に基づく植民地主義と、アジア人種である日本の対立と言う捉え方をすれば回避の方法も無かったでしょうね。
しかし国際的な利害と言う視点に立てば、現実にはいくらでも立つ瀬はあったはずでしょう。特に資本主義国であり、反共と言う立場では欧米諸国と共通の利害がありましたからね。
ところが現実には、自意識の肥大に陥いった軍(二二六事件、五一五事件を引き起こして憲政をないがしろにし、関東軍は政府に統帥権は無いと手前勝手な論旨を展開して勝手に戦争を始めた)を抑制することも出来ず、するずると戦争の拡大を続けた。一体どこに民主主義が存在したのでしょうか?それともこの無様な行為が国民全体の総意だとでも?
もっとも恥ずべきは軍で、開戦前のシミュレーションで百選百敗だった対米戦に、明確な戦略的展望も無いまま突入したことでしょう。既に国家としての理性など失っていた良い証左です。面子を捨てて中国、満州から完全に手を引けば良かっただけなのですから。
もちろんそれで事が収まったかどうかは判りません。ただ資本主義諸国は台頭する共産主義と対決する時期を迎えていたことも事実です。日本が資本主義体制を堅持する限り、矛先を逸らす方法が無かったとは思えません。(戦後、数々の独裁国家が共産主義を敵視することで延命しつづけたのは周知の事実です。)
これは メッセージ 64936 (tokagenoheso さん)への返信です.
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