Re: 国際感覚がないのは日本人だけじゃない
投稿者: isamu309 投稿日時: 2008/02/12 18:29 投稿番号: [64903 / 66577]
遅くなりましたが、
>日本の外交は、開国以来かなり効果的に成功していますよ。100%完全とはむろん言いませんが。 <
戦前の外交と戦後の外交は別けて考えたほうが良いでしょう。戦前の外交(特に明治期)は、植民地帝国主義の時代だったこともあり、基本的に国際外交の対象は欧米諸国にかぎられていました。
日本は、当時のアジア諸国と比較して一般民衆レベルの教育水準が非常に高く、且つ明治の前身である幕藩体制下においては為政者のモラルが高かったため、欧米諸国に付け入る隙を与えず独立を堅持することが出来ました。(まぁ、地政学的な面でラッキーな部分もありましたが。)
この結果、非常なスピードで近代化を成し遂げます。この間、不平等条約を解消するなどの外交的成果をあげますが、この実現には日清戦争での勝利や、欧米先進国の利害対立に奏功されている面もあり、必ずしも日本の外交能力が高かったから、とばかりは言い切れません。(もっともこの時期の日本は。国際法を馬鹿のように墨守している時代でしたから、ある程度の信用はあったと推測されますが。まぁ置かれている状況をうまく利用するのも外交手腕のうち、と考えるならうまくやったともいえますが。)
まぁ日露戦争後の日本外交はメタメタでしたね。過剰に膨らんだ自らの力(軍事力)への過信から、軍備は戦略的勝利を達成する為のカードのひとつに過ぎないと言う原則を忘れ、外交という手段を小僧の使い走り程度に貶めてしまった。
この責任をひとり外務省に押し付けることはさすがに憚られますので、日露戦争以降から太平洋戦争終結までは、評価の対象から外すべきでしょう。
また太平洋戦争以後からサンフランシスコ条約までの間は、日本はアメリカの統治下にありましたので、実質的に外交の対象はアメリカ以外には無く、本来の意味での外交(多国間の利害を調整しながら、自国の戦略的な目標を効率良く達成する)は存在しませんでしたから、やはり対象から外すべきでしょう。
確かに、サ条締結に至るまでに日本の政府・外務省が大変な努力をしたことは認めますが、この条約自体がどちらかと言うとアメリカの都合で決定している側面があることは、批准国を見れば明らかでしょう。
さて日本の本来の外交と言うべきサ条以降になりますが、日本が国際政治の表舞台に出てくるのは、戦後の高度経済成長以降になります。この間、日本は戦争賠償の意味合いも兼ねて多額のODAや無償借款などを展開し、これが日本外交の根幹となりました。
この時期のばら撒き型の円借款は、国際社会での日本の地位を高めましたが、必ずしも外交官の地道な努力に依るものではない事は明らかです。この一方で潤沢な資金を背景に、各国の日本大使館の外交官の特権階級化が進み、任地で大過無く過ごすために現地政府と無用な摩擦を避けるようになってしまい、日本大使館の機能は政府要人が現地に入った場合の使い走り程度に堕してしまいました。現地にしてみれば大事な金蔓ですから、これら大使や日本の外務省を粗末に扱うわけありませんから、そうそう外交的な失敗はありません。
このような状況の背景には、外交官が『お公家さん』と揶揄されるほど、所謂『外交官一族』と呼ばれる世襲に近い状況が発生したことに依ります。(例えば、外務官僚だった現皇太子妃の雅子さんの父上が、著名な外交官であることはご存知ですよね。)また『お公家さん』と呼ばれる背景には、日本の外交官がどちらかと言うと儀礼中心の存在であることを伺わせます。
如何に頭が良くても、それを以って外交センスがあるとは言い切れません。私が日本の外交能力を疑問視する最大の背景は、上記のような人材登用の面で既に問題を抱えているからです。(もっとも世襲外交官の言い種は、生まれたときから外交官家庭に育ち、いろいろな文化に触れているから、自然と外交官としての素養を身につけている、と言うことらしいですが。)
今後、日本の経済的地位が低下するに従って、従来のような札束ではたくような外交は出来なくなります。その時、日本外交の真価が問われるのではないでしょうか。
>日本の外交は、開国以来かなり効果的に成功していますよ。100%完全とはむろん言いませんが。 <
戦前の外交と戦後の外交は別けて考えたほうが良いでしょう。戦前の外交(特に明治期)は、植民地帝国主義の時代だったこともあり、基本的に国際外交の対象は欧米諸国にかぎられていました。
日本は、当時のアジア諸国と比較して一般民衆レベルの教育水準が非常に高く、且つ明治の前身である幕藩体制下においては為政者のモラルが高かったため、欧米諸国に付け入る隙を与えず独立を堅持することが出来ました。(まぁ、地政学的な面でラッキーな部分もありましたが。)
この結果、非常なスピードで近代化を成し遂げます。この間、不平等条約を解消するなどの外交的成果をあげますが、この実現には日清戦争での勝利や、欧米先進国の利害対立に奏功されている面もあり、必ずしも日本の外交能力が高かったから、とばかりは言い切れません。(もっともこの時期の日本は。国際法を馬鹿のように墨守している時代でしたから、ある程度の信用はあったと推測されますが。まぁ置かれている状況をうまく利用するのも外交手腕のうち、と考えるならうまくやったともいえますが。)
まぁ日露戦争後の日本外交はメタメタでしたね。過剰に膨らんだ自らの力(軍事力)への過信から、軍備は戦略的勝利を達成する為のカードのひとつに過ぎないと言う原則を忘れ、外交という手段を小僧の使い走り程度に貶めてしまった。
この責任をひとり外務省に押し付けることはさすがに憚られますので、日露戦争以降から太平洋戦争終結までは、評価の対象から外すべきでしょう。
また太平洋戦争以後からサンフランシスコ条約までの間は、日本はアメリカの統治下にありましたので、実質的に外交の対象はアメリカ以外には無く、本来の意味での外交(多国間の利害を調整しながら、自国の戦略的な目標を効率良く達成する)は存在しませんでしたから、やはり対象から外すべきでしょう。
確かに、サ条締結に至るまでに日本の政府・外務省が大変な努力をしたことは認めますが、この条約自体がどちらかと言うとアメリカの都合で決定している側面があることは、批准国を見れば明らかでしょう。
さて日本の本来の外交と言うべきサ条以降になりますが、日本が国際政治の表舞台に出てくるのは、戦後の高度経済成長以降になります。この間、日本は戦争賠償の意味合いも兼ねて多額のODAや無償借款などを展開し、これが日本外交の根幹となりました。
この時期のばら撒き型の円借款は、国際社会での日本の地位を高めましたが、必ずしも外交官の地道な努力に依るものではない事は明らかです。この一方で潤沢な資金を背景に、各国の日本大使館の外交官の特権階級化が進み、任地で大過無く過ごすために現地政府と無用な摩擦を避けるようになってしまい、日本大使館の機能は政府要人が現地に入った場合の使い走り程度に堕してしまいました。現地にしてみれば大事な金蔓ですから、これら大使や日本の外務省を粗末に扱うわけありませんから、そうそう外交的な失敗はありません。
このような状況の背景には、外交官が『お公家さん』と揶揄されるほど、所謂『外交官一族』と呼ばれる世襲に近い状況が発生したことに依ります。(例えば、外務官僚だった現皇太子妃の雅子さんの父上が、著名な外交官であることはご存知ですよね。)また『お公家さん』と呼ばれる背景には、日本の外交官がどちらかと言うと儀礼中心の存在であることを伺わせます。
如何に頭が良くても、それを以って外交センスがあるとは言い切れません。私が日本の外交能力を疑問視する最大の背景は、上記のような人材登用の面で既に問題を抱えているからです。(もっとも世襲外交官の言い種は、生まれたときから外交官家庭に育ち、いろいろな文化に触れているから、自然と外交官としての素養を身につけている、と言うことらしいですが。)
今後、日本の経済的地位が低下するに従って、従来のような札束ではたくような外交は出来なくなります。その時、日本外交の真価が問われるのではないでしょうか。
これは メッセージ 64893 (tokagenoheso さん)への返信です.
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