Re: 国際感覚がないのは日本人だけじゃない
投稿者: isamu309 投稿日時: 2008/02/05 19:17 投稿番号: [64879 / 66577]
国際感覚と言う言い方に問題がありましたね。国際感覚というよりは異文化に対する外交センスが未熟という言い方が適当でしょう。
確かに日本人は好奇心が旺盛で、海外の事物や習慣などを知ることに大変熱心な民族だと思いますよ。このような性質が今日の日本の繁栄を築いているひとつの理由だとも思うのですが、それは往々にして好奇心を満足するだけで終わるケースが多いのじゃないでしょうか。或いは、後述の恥の文化に由来する一種の社交術(外交ではない)の延長なのかも知れませんが。
つまりしばしば海外のジョークでも揶揄されますが、日本人は国内でも自分ひとりが突出した行動を取っている様に映ることや、海外においても現地の人の目に奇異に映るような行動を取ることを極端に忌避する傾向があります(恥の文化)。(まぁそのおかげで欧米先進国において日本人旅行客の評判は概ね良いようです。かく言う私も海外に出かける場合は、渡航先の事前のリサーチは綿密に行いますし、海外では現地の人に迷惑をかけないように注意しますね。典型的な日本人です。)
ただこのような国際感覚と外交感覚は別物でしょう。あまり旅行客としての評判が良いとは言いかねるフランス(ヨーロッパのホテル業者が選ぶワースト1の国)や中国が、むしろ国家外交においては相当したたかであることは、いくつかの実例が如実に物語っています。
アメリカは、極端な話精神文化的な辺境地ともいえます。要は一種の田舎者(井の中の蛙)の集団ですから、一般のアメリカ国民レベルに国際感覚を期待するだけ野暮です。しかしそれでも自国の利害と言う視点に立った外交センスはしっかり受け継いできています。異文化を踏み潰し、飲み込みながら成長していった連中ですから。
翻って日本を見れば、江戸期は鎖国と言う安寧の中にあり、それ以前においてもまともな記録が残る範囲では、他の文化との民族レベルでの生死を分かつような軋轢は元寇以外全くありませんでした。それとて遠征軍側が着上陸する前に全滅してしまった訳ですから、命を掛けた外交術が必要となるまでには至っていません。
つまりほぼ1300年あまりの間、日本人にとっての外交とは常に同じ常識を持つ国内の勢力間にしか存在せず、自らと常識を分かち合えない相手との外交的駆け引きというものをほとんど経験していないのです。
これほど長い期間、異文化との接触を絶った文化に属する人間の異文化との外交感覚が洗練(悪辣とも言える)されたものになる、と期待する方がどうかしています。
さすがに最近は多少の外交感覚も出て来ているのでしょうが、1000年以上に渉って遺伝子に刷り込まれたおめでたい『みんな同じ常識と感性』感覚が払拭できる筈も無く、外交的には日本の持っている強みを十全に生かしきっていないのではないでしょうか?
自分に核弾頭ミサイル向けてる国に未だに金を貢ぎ(ODA)続けている国の外交能力など、期待する方がどうかしています。本来なら21世紀に入る前に打ち切られるべきだったと思いますよ。
確かに日本人は好奇心が旺盛で、海外の事物や習慣などを知ることに大変熱心な民族だと思いますよ。このような性質が今日の日本の繁栄を築いているひとつの理由だとも思うのですが、それは往々にして好奇心を満足するだけで終わるケースが多いのじゃないでしょうか。或いは、後述の恥の文化に由来する一種の社交術(外交ではない)の延長なのかも知れませんが。
つまりしばしば海外のジョークでも揶揄されますが、日本人は国内でも自分ひとりが突出した行動を取っている様に映ることや、海外においても現地の人の目に奇異に映るような行動を取ることを極端に忌避する傾向があります(恥の文化)。(まぁそのおかげで欧米先進国において日本人旅行客の評判は概ね良いようです。かく言う私も海外に出かける場合は、渡航先の事前のリサーチは綿密に行いますし、海外では現地の人に迷惑をかけないように注意しますね。典型的な日本人です。)
ただこのような国際感覚と外交感覚は別物でしょう。あまり旅行客としての評判が良いとは言いかねるフランス(ヨーロッパのホテル業者が選ぶワースト1の国)や中国が、むしろ国家外交においては相当したたかであることは、いくつかの実例が如実に物語っています。
アメリカは、極端な話精神文化的な辺境地ともいえます。要は一種の田舎者(井の中の蛙)の集団ですから、一般のアメリカ国民レベルに国際感覚を期待するだけ野暮です。しかしそれでも自国の利害と言う視点に立った外交センスはしっかり受け継いできています。異文化を踏み潰し、飲み込みながら成長していった連中ですから。
翻って日本を見れば、江戸期は鎖国と言う安寧の中にあり、それ以前においてもまともな記録が残る範囲では、他の文化との民族レベルでの生死を分かつような軋轢は元寇以外全くありませんでした。それとて遠征軍側が着上陸する前に全滅してしまった訳ですから、命を掛けた外交術が必要となるまでには至っていません。
つまりほぼ1300年あまりの間、日本人にとっての外交とは常に同じ常識を持つ国内の勢力間にしか存在せず、自らと常識を分かち合えない相手との外交的駆け引きというものをほとんど経験していないのです。
これほど長い期間、異文化との接触を絶った文化に属する人間の異文化との外交感覚が洗練(悪辣とも言える)されたものになる、と期待する方がどうかしています。
さすがに最近は多少の外交感覚も出て来ているのでしょうが、1000年以上に渉って遺伝子に刷り込まれたおめでたい『みんな同じ常識と感性』感覚が払拭できる筈も無く、外交的には日本の持っている強みを十全に生かしきっていないのではないでしょうか?
自分に核弾頭ミサイル向けてる国に未だに金を貢ぎ(ODA)続けている国の外交能力など、期待する方がどうかしています。本来なら21世紀に入る前に打ち切られるべきだったと思いますよ。
これは メッセージ 64877 (tokagenoheso さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/64879.html