国共合作――その歴史と展望
投稿者: wmbyq010 投稿日時: 2004/07/09 21:20 投稿番号: [5879 / 66577]
http://www.wufi.org.tw/jpn/jng16.htm
抜粋項目
国共合作はすでに成立
1958年以降の国共双方の動きをみるに、国共合昨がすでに成立していると断定せざるを 得ない。中共は1962年以後も、絶えず国共合作を呼びかけているが、それはむしろ、国共 合作の話し合いがすでに一致点に到達していることを隠すためのものとしか思えない。
1962年8月12日に、ロンドン・オブザーバーの記者、ブラッドウォース(Dennis Bloodworth)が、根拠ある情報として伝えた国共合作がすでに成立したというニュ一スは、かなり正確なものであると思える。ブラッドウォース氏がすっぱぬいた国共合作の条件は、国府にとって、目下考えられる最上のものであるし、事実、その後の推移とはいささかの矛盾をもしめしていない。その条件は次の通りである。
1.蒋介石の存命中は国共双方とも攻撃をさしひかえる。
2.蒋介石の死後、台湾は国府の統冶下におかれるが、チベットと同様な中共政府下の自治区になる。
3.約10年ないし20年後に独立国となるかあるいは中国本土に帰属するかを決める住民投票を実施する。
4.国府が占有している金門・馬祖などの沿岸諸島を攻撃せず、金門島とこれに面する中国本土の厦門を一つの緩衡行政地区とし、本土と台湾との通行の自由を保証する。
国府が依然として「大陸反攻」を叫び、中共が依然として「台湾解放」を叫んでいる今日において、国共合作がすでに成立していると主張することは、奇異にきこえるかもしれないしかしながら、。李宗仁に対する工作が1955年に始められたとき、誰もが、この多金持の将軍が、安楽な亡命生活をなげうって大陸に帰るとは思わなかった。それから10年、この間、李宗仁と中共との交渉が進展しているという報道があっても、デマとしかうけとられなかったが、現実に李宗仁が北京に現われて、人びとは唖然とした。国府にしても同じことがいえる。ある日突然に、国府が中共と共同声明でも発表したならば、人びとは再び驚くことになろう。
抜粋項目
国共合作はすでに成立
1958年以降の国共双方の動きをみるに、国共合昨がすでに成立していると断定せざるを 得ない。中共は1962年以後も、絶えず国共合作を呼びかけているが、それはむしろ、国共 合作の話し合いがすでに一致点に到達していることを隠すためのものとしか思えない。
1962年8月12日に、ロンドン・オブザーバーの記者、ブラッドウォース(Dennis Bloodworth)が、根拠ある情報として伝えた国共合作がすでに成立したというニュ一スは、かなり正確なものであると思える。ブラッドウォース氏がすっぱぬいた国共合作の条件は、国府にとって、目下考えられる最上のものであるし、事実、その後の推移とはいささかの矛盾をもしめしていない。その条件は次の通りである。
1.蒋介石の存命中は国共双方とも攻撃をさしひかえる。
2.蒋介石の死後、台湾は国府の統冶下におかれるが、チベットと同様な中共政府下の自治区になる。
3.約10年ないし20年後に独立国となるかあるいは中国本土に帰属するかを決める住民投票を実施する。
4.国府が占有している金門・馬祖などの沿岸諸島を攻撃せず、金門島とこれに面する中国本土の厦門を一つの緩衡行政地区とし、本土と台湾との通行の自由を保証する。
国府が依然として「大陸反攻」を叫び、中共が依然として「台湾解放」を叫んでいる今日において、国共合作がすでに成立していると主張することは、奇異にきこえるかもしれないしかしながら、。李宗仁に対する工作が1955年に始められたとき、誰もが、この多金持の将軍が、安楽な亡命生活をなげうって大陸に帰るとは思わなかった。それから10年、この間、李宗仁と中共との交渉が進展しているという報道があっても、デマとしかうけとられなかったが、現実に李宗仁が北京に現われて、人びとは唖然とした。国府にしても同じことがいえる。ある日突然に、国府が中共と共同声明でも発表したならば、人びとは再び驚くことになろう。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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