中国

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

南京3話 1

投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/08/09 17:07 投稿番号: [58121 / 66577]
「南京暴動」/「第一次南京事件」    恐ろしいソ連・共産党の陰謀

1927年3月24日早朝、国民軍総司令蒋介石の北伐軍が南京に入城した。当初は平和裏に入城していたが、まもなく、反帝国主義を叫ぶ軍人や民衆の一部が外国の領事館や居留地などを襲撃して暴行・掠奪・破壊などを行い、日1人、英2人、米1人、伊1人、仏1人の死者が出た。午後になって下関に停泊中のアメリカ・イギリス両軍は城内に艦砲射撃を開始、陸戦隊を上陸させて居留民の保護を図った。日本の陸戦隊も25日朝に上陸した。砲弾は1時間余りで約200発が撃ち込まれ、日本領事館近傍にも着弾した。多数の中国の軍民が砲撃で死傷したとされている。この事件はあえて外国の干渉をさそって蒋介石を倒す共産党側の陰謀といわれている。その後の中国の進路や日本の対中政策を大きく変えることになった。
  列強は、南京事件の背後に共産党とソ連の策動があるとして日英米仏など七カ国外交団が厳重かつ然るべき措置をとることを安国軍総司令部に勧告した。その結果、4月6日にソ連大使館を目的とした各国公使館区域の捜索が行われ、ソ連人23人を含む74人が逮捕された。(ソ連は「北清事変」議定書を破棄していたので、中国側の捜査を拒むことができないとされた。)   押収された極秘文書の中に次のような内容の「訓令」があったと総司令部が発表した。
  その内容とは、外国の干渉を招くための掠奪・惨殺の実行の指令、短時間に軍隊を派遣できる日本を各国から隔離すること、在留日本人への危害を控えること、排外宣伝は反英運動を建前とすべきであるというものである。
  南京事件の経緯と符合しているので、このような「訓令」は事実であったとする見方もある。(児島襄『日中戦争1』文春文庫p.83)   4月9日、ソ連は中国に対し国交断絶を伝えた。4月12日、南京の国民革命軍総指令・蒋介石は、上海に戒厳令を布告した。いわゆる、四・一二反共クーデターである。この際、共産党指導者90名余りと共産主義者とみなされた人々が処刑された。南京に国民統一政府が組織されると、1928年4月にアメリカ、8月にイギリス、10月にフランスとイタリア、1929年4月に日本と、それぞれ協定を結んで外交的には南京事件が解決した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)