Re: 爬虫類の蜥蜴野郎へ その二
投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2006/08/04 14:02 投稿番号: [57740 / 66577]
>その鶏に日本人同様の選挙権を与えた事はどう説明するのかい?<
>選挙権があれば兵役の義務もあるだろうよ。どこの国でも同じだよ。<
自称「殖民地経験者」がこんなことを俺に聞くか?
『爬虫類の蜥蜴野郎へその一』にもう説明した、台湾人を利用する為に、選挙権を与えた同時に台湾人を徴兵した。
台湾人に選挙権を与えたのは1944年、日本の敗戦前のこと、兵力の極端不足為に、台湾人を利用した。
台湾人が差別された。
日本は1890年頃『普選法』が有ったが、台湾人がその選挙権利が無かった;
日本は1900年義務教育があったが、台湾人がその義務教育権利が無かった;
日本本土の日本人は台湾へ自由に住めるが、台湾人が「特別許可」無くと日本本土に自由に住められなかった。
逆に「皇民化教育」が確かに力を入れた。
1930年台湾に日本語できる人が10%未満だが、1937年に40%、更に1944年に70%の台湾人が日本語出来る。
より多くの台湾人を「皇民化教育」受ける為に、1930年に台湾児童の入学率が30%未満だが、1938年に50%、1943年に92%の台湾児童の入学した、それは君自慢の「教育レベル」高いの真相だ。
「日本人同様の選挙権を与えた事」を聞くなら、逆に聞きたい:何故1914年12月に林献堂ら「台湾同化会」(後の「新民会」)を作ったか?
1921年から1934年2月まで「新民会」は実に14年にわたって15回に及ぶ『台湾議会設置請願活動』が帝国議会に対して展開されたが,日本政府、台湾総督府の対応は「不採択」「上程せず」「審議未了」のは何故でしょう?
更に1924年請願活動の蔡渭水らへの逮捕はどんな理由でしょう(治安上ではないね)。
>>これは7人に一人の高い確率(日本人はこんな高い確率死者がないよ)で、終戦時の台湾人口の0.5%に当たる。これら三万人の犠牲者やその他多数の負傷者は、戦後日本国籍を失った為、日本から何の補償も受けていない。<<
>不十分ながら補償はあったよ。自分で調べな。<
調べも無いが、知ってるよ。
1987年の議員立法により、戦死病死者、重傷者を対象に一人あたり200万円の弔慰金が支払われたが、これは米英仏など植民地の人を兵士として戦場に送った他の国々と比べると、とても小さな補償と言われているよ。
>まったく関係の無い賠償金の話を持ち出したけど
で、台湾への投資との関連性は?<
賠償金が無ければ、日本の先期投資金があるか?
1898年2月四代目総督児玉源太郎と民政長官後藤新平だったが、実際の統治者は後藤新平でした。
台湾統治の為に、後藤は日本国内に禁じされた鴉片を台湾で「解禁」した、台湾人の意志を麻痺と鴉片専売で当時台湾総督府重大の財源の一つ、実に「一石二鳥」の汚い心ね。
1905年、台湾経済が独立した、余分のお金を日本国庫に貢献した。
これは君の「膨大な日本人の税金」の真相だ。
「皇民化教育」された君は60年たって「皇奴化」になったか?
>選挙権があれば兵役の義務もあるだろうよ。どこの国でも同じだよ。<
自称「殖民地経験者」がこんなことを俺に聞くか?
『爬虫類の蜥蜴野郎へその一』にもう説明した、台湾人を利用する為に、選挙権を与えた同時に台湾人を徴兵した。
台湾人に選挙権を与えたのは1944年、日本の敗戦前のこと、兵力の極端不足為に、台湾人を利用した。
台湾人が差別された。
日本は1890年頃『普選法』が有ったが、台湾人がその選挙権利が無かった;
日本は1900年義務教育があったが、台湾人がその義務教育権利が無かった;
日本本土の日本人は台湾へ自由に住めるが、台湾人が「特別許可」無くと日本本土に自由に住められなかった。
逆に「皇民化教育」が確かに力を入れた。
1930年台湾に日本語できる人が10%未満だが、1937年に40%、更に1944年に70%の台湾人が日本語出来る。
より多くの台湾人を「皇民化教育」受ける為に、1930年に台湾児童の入学率が30%未満だが、1938年に50%、1943年に92%の台湾児童の入学した、それは君自慢の「教育レベル」高いの真相だ。
「日本人同様の選挙権を与えた事」を聞くなら、逆に聞きたい:何故1914年12月に林献堂ら「台湾同化会」(後の「新民会」)を作ったか?
1921年から1934年2月まで「新民会」は実に14年にわたって15回に及ぶ『台湾議会設置請願活動』が帝国議会に対して展開されたが,日本政府、台湾総督府の対応は「不採択」「上程せず」「審議未了」のは何故でしょう?
更に1924年請願活動の蔡渭水らへの逮捕はどんな理由でしょう(治安上ではないね)。
>>これは7人に一人の高い確率(日本人はこんな高い確率死者がないよ)で、終戦時の台湾人口の0.5%に当たる。これら三万人の犠牲者やその他多数の負傷者は、戦後日本国籍を失った為、日本から何の補償も受けていない。<<
>不十分ながら補償はあったよ。自分で調べな。<
調べも無いが、知ってるよ。
1987年の議員立法により、戦死病死者、重傷者を対象に一人あたり200万円の弔慰金が支払われたが、これは米英仏など植民地の人を兵士として戦場に送った他の国々と比べると、とても小さな補償と言われているよ。
>まったく関係の無い賠償金の話を持ち出したけど
で、台湾への投資との関連性は?<
賠償金が無ければ、日本の先期投資金があるか?
1898年2月四代目総督児玉源太郎と民政長官後藤新平だったが、実際の統治者は後藤新平でした。
台湾統治の為に、後藤は日本国内に禁じされた鴉片を台湾で「解禁」した、台湾人の意志を麻痺と鴉片専売で当時台湾総督府重大の財源の一つ、実に「一石二鳥」の汚い心ね。
1905年、台湾経済が独立した、余分のお金を日本国庫に貢献した。
これは君の「膨大な日本人の税金」の真相だ。
「皇民化教育」された君は60年たって「皇奴化」になったか?
これは メッセージ 57721 (abarehachaku99 さん)への返信です.
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