Re: fvth2006さん 別件
投稿者: ipodsd 投稿日時: 2006/06/05 13:01 投稿番号: [55871 / 66577]
>一方、日本と中国は明らかに二つの独立国家でした。
「侵略」の定義の議論をする余地はありません。
勿論議論の余地はない。清が世界各国に土地を分け与えちゃったんだから、当然、各国の領地だよなあー
その外国の領地に、武力侵攻し侵略したのは国民党軍や共産党軍だったな。
げらげらげら
アホ猿、糞猿、マヌケ猿
イギリスへでも出かけで、わめけるものなら、わめいてこいよ。
イギリスはキタネー、許せねー、ってでも叫んでこいよ!
●アヘン戦争 南京条約 1842年8月29日
この条約で清は多額の賠償金と香港の割譲、広東、厦門、福州、寧波、上海の開港を認め、また、翌年の虎門寨追加条約では治外法権、関税自主権の放棄、最恵国待遇条項の承認などを余儀なくされた。ただ意外にも戦争の原因となったアヘンについては特には触れられなかった。恥ずべき原因を文書上に残すことをイギリス側が躊躇したためである。
このイギリスと清との不平等条約は、他の列強諸国も便乗するところとなり、アメリカの望厦条約、フランスの黄埔条約などが結ばれた。
●アロー号戦争 北京条約 1859年
連合軍は北京を占領し、ロシア公使の調停の下に北京条約が締結された。この条約により清は、天津の開港、イギリスに対し九竜半島の割譲、中国人の海外への渡航許可などを認めさせられた。最後の渡航許可というのは中国人労働者を劣悪な条件で移民させる苦力貿易を公認するものである。この条項は労働者移民の公認と、それによる一定の移民保護を目的に入れられたとされる。更に調停に入ったロシアに対しても、それまで清露両国の雑居地であった沿海州を、正式に譲る事になった。
●日清戦争 下関条約 1895
第一条 清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。
第二条 清国は、左記の土地の主権並びに該地方にある城塁、兵器製造所及び官有物を永遠に日本に割与する。
第三条 清国は、遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に割譲する。
第四条 清国は、賠償金2億両(約3億円)を日本に支払う。
第五条 清国は、沙市、重慶、蘇州、杭州を日本に開放する。
第六条 清国は、日本に最恵国待遇を認める。
●義和団ー北清事件 北京議定書 1901
北京議定書の抜粋
列国側
ドイツ シュワルツェンシュタイン
オーストリア・ハンガリー ワールボルン
ベルギー ジュースタンス
スペイン コロガン
アメリカ ロックヒル
フランス ボー
イギリス アーネスト・サトウ
日本 小村寿太郎
清国側
総理外務部事務 慶親王●●
直隷総督兼北洋大臣 李鴻章
・義和団に殺害されたドイツ公使と日本書記官に対する清朝要路者の弔問(ドイツ公使には皇弟醇親王●●、日本書記官には戸部待郎那桐)と十分な賠償、さらに光緒帝本人の哀悼の意の表明。ドイツ公使に対する記念碑の建設。
・各国公使館所在の区域を特に公使館の使用のみに充てる。この区域は、各国公使館の警察権下に属する。また、この区域内における清国人の居住を認めず、公使館を防御できる状況におく。
・大沽砲台および、海岸から北京までの自由交通の妨げとなる砲台をすべて撤去する。
・清国は、列国の海岸から北京までの自由交通を阻害しないために、列国が同間の各地点を占領する権利を認める。その地点は、黄村・楊村・郎房・天津・軍糧城・塘沽・盧台・唐山・●州・昌黎・秦王島及び山海関とする
●以上、清 大帝国様のご承認なさった国際条約の一部だ。
清滅亡(辛亥革命)後、国なんてあったのかよー?????
げらげらげら
「侵略」の定義の議論をする余地はありません。
勿論議論の余地はない。清が世界各国に土地を分け与えちゃったんだから、当然、各国の領地だよなあー
その外国の領地に、武力侵攻し侵略したのは国民党軍や共産党軍だったな。
げらげらげら
アホ猿、糞猿、マヌケ猿
イギリスへでも出かけで、わめけるものなら、わめいてこいよ。
イギリスはキタネー、許せねー、ってでも叫んでこいよ!
●アヘン戦争 南京条約 1842年8月29日
この条約で清は多額の賠償金と香港の割譲、広東、厦門、福州、寧波、上海の開港を認め、また、翌年の虎門寨追加条約では治外法権、関税自主権の放棄、最恵国待遇条項の承認などを余儀なくされた。ただ意外にも戦争の原因となったアヘンについては特には触れられなかった。恥ずべき原因を文書上に残すことをイギリス側が躊躇したためである。
このイギリスと清との不平等条約は、他の列強諸国も便乗するところとなり、アメリカの望厦条約、フランスの黄埔条約などが結ばれた。
●アロー号戦争 北京条約 1859年
連合軍は北京を占領し、ロシア公使の調停の下に北京条約が締結された。この条約により清は、天津の開港、イギリスに対し九竜半島の割譲、中国人の海外への渡航許可などを認めさせられた。最後の渡航許可というのは中国人労働者を劣悪な条件で移民させる苦力貿易を公認するものである。この条項は労働者移民の公認と、それによる一定の移民保護を目的に入れられたとされる。更に調停に入ったロシアに対しても、それまで清露両国の雑居地であった沿海州を、正式に譲る事になった。
●日清戦争 下関条約 1895
第一条 清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。
第二条 清国は、左記の土地の主権並びに該地方にある城塁、兵器製造所及び官有物を永遠に日本に割与する。
第三条 清国は、遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に割譲する。
第四条 清国は、賠償金2億両(約3億円)を日本に支払う。
第五条 清国は、沙市、重慶、蘇州、杭州を日本に開放する。
第六条 清国は、日本に最恵国待遇を認める。
●義和団ー北清事件 北京議定書 1901
北京議定書の抜粋
列国側
ドイツ シュワルツェンシュタイン
オーストリア・ハンガリー ワールボルン
ベルギー ジュースタンス
スペイン コロガン
アメリカ ロックヒル
フランス ボー
イギリス アーネスト・サトウ
日本 小村寿太郎
清国側
総理外務部事務 慶親王●●
直隷総督兼北洋大臣 李鴻章
・義和団に殺害されたドイツ公使と日本書記官に対する清朝要路者の弔問(ドイツ公使には皇弟醇親王●●、日本書記官には戸部待郎那桐)と十分な賠償、さらに光緒帝本人の哀悼の意の表明。ドイツ公使に対する記念碑の建設。
・各国公使館所在の区域を特に公使館の使用のみに充てる。この区域は、各国公使館の警察権下に属する。また、この区域内における清国人の居住を認めず、公使館を防御できる状況におく。
・大沽砲台および、海岸から北京までの自由交通の妨げとなる砲台をすべて撤去する。
・清国は、列国の海岸から北京までの自由交通を阻害しないために、列国が同間の各地点を占領する権利を認める。その地点は、黄村・楊村・郎房・天津・軍糧城・塘沽・盧台・唐山・●州・昌黎・秦王島及び山海関とする
●以上、清 大帝国様のご承認なさった国際条約の一部だ。
清滅亡(辛亥革命)後、国なんてあったのかよー?????
げらげらげら
これは メッセージ 55869 (kitaguninosaru1 さん)への返信です.
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