日本へ言う「歴史認識」?
投稿者: aishingyoro 投稿日時: 2006/05/17 14:33 投稿番号: [55193 / 66577]
まず第一に言いたいことですが、過去において大日本帝国(当時はね。自虐的ではなく、この夜郎自大振りが私はいやですが。)は、現在の中華人民共和国が統治している場所において、侵略戦争をしかけたのは事実です。それについての責任はあると思っています。
で、第二ですが、それから60年という歳月が経ちました。過去においての事実は大きな流れとしては事実と判断できますが、細かい様々な事件については検証は非常に難しいと考えます。南京事件ひとつとってもそうでしょう。
私は個人的には南京虐殺と言われる事件があったことについては疑念は持っています。もちろん反対の方もいることは承知しています。
石井部隊が何をしていたか?これもある部分までは事実でしょう。
中華人民共和国の政府がそれらの「歴史認識」を自己の側に都合の良いように解釈し、日本政府に主張してくるのも当然でしょう。(外交の駆け引きの常套手段ですから)
私は中華人民共和国の政府の「歴史認識」をわが国が無条件に受け入れなければならないのかが、大変不思議です。
歴史というのはどういうものでしょうか?
黒澤監督の「羅生門」はご存知ですよね。その場にいた人間でさえ事実だったと主張する事が違います。
では、もし中華人民共和国の日本政府に主張する「歴史認識」が正しいのであれば、中華人民共和国政府に伺いたい事があります。
朝鮮戦争で一応「義勇軍」とは言いながら、米国・大韓民国軍と闘ったのは、どのような「歴史認識」ですか?
中越戦争でベトナムを「膺徴(征伐してこらしめること。ようちょう)」というとんでもない大時代的な言葉を使って侵攻(あえて侵略と言う言葉は避けさせて頂きます。)しました。で、後日中華人民共和国の国家主席(誰とは申しますまい。日本でもとんでもない発言をし続けた人です。)はベトナム政府に対し、教科書を書き変えろと言ったそうです。国際的に評価を下げたらしいですが。どうやらベトナムと中華人民共和国の間でも「歴史認識」が違うようですね。これについてはいかがでしょうか?
つまり、「歴史認識」などは国の数だけあるものです。もっといえば、人間の数だけあるものです。それを俺の方が正しいなどと言っても、私に言わせれば愚かなだけです。「歴史認識」などという言葉を使っていますが、つまりは、「俺の言う通りにしろ!」です。
中華人民共和国の「歴史認識」と中華民国の「歴史認識」はどうなっているのでしょうか?
私は昔々、歴史を学んでいてある先生の講義を受けました。
その先生の主張は次のようなものでした。
「中国人という民族はいないし、人種もいない。あれは中華の思想を持ち、漢字を利用した四書五経などを理解し、それを縦横無尽に使える人間と認められれば、それが中国人であった。それ以外は全部蕃夷であった。それが中国人と言われる人々の認識。だから安倍仲麻呂も当時の政府高官になれた。そして、中国の中でも都市の人間だけが中国人であり、農村の人間はただ収奪されるだけの存在であった。農民は四書五経を理解できないから。」
中華思想(とにかく俺たちが一番上、だから皆言う事を聞け!)を持っている人間が中国人。こりゃ反省などという言葉は知らないでしょうね。
言うだけ無駄だと言うのが日本人でしょうが、中国人の文化は違います。間違っていても、「俺は正しい。」と言い続けなければ、社会的に抹殺されてしまうし、そのうちその通りになるかもしれないから、言い続けるのです。それに対し、何も言わないと向こうの言った事を認める事になります。がんばって主張していきましょう。
「ふざけるな!俺たちの言う事が正しいんだ!」とね。
で、第二ですが、それから60年という歳月が経ちました。過去においての事実は大きな流れとしては事実と判断できますが、細かい様々な事件については検証は非常に難しいと考えます。南京事件ひとつとってもそうでしょう。
私は個人的には南京虐殺と言われる事件があったことについては疑念は持っています。もちろん反対の方もいることは承知しています。
石井部隊が何をしていたか?これもある部分までは事実でしょう。
中華人民共和国の政府がそれらの「歴史認識」を自己の側に都合の良いように解釈し、日本政府に主張してくるのも当然でしょう。(外交の駆け引きの常套手段ですから)
私は中華人民共和国の政府の「歴史認識」をわが国が無条件に受け入れなければならないのかが、大変不思議です。
歴史というのはどういうものでしょうか?
黒澤監督の「羅生門」はご存知ですよね。その場にいた人間でさえ事実だったと主張する事が違います。
では、もし中華人民共和国の日本政府に主張する「歴史認識」が正しいのであれば、中華人民共和国政府に伺いたい事があります。
朝鮮戦争で一応「義勇軍」とは言いながら、米国・大韓民国軍と闘ったのは、どのような「歴史認識」ですか?
中越戦争でベトナムを「膺徴(征伐してこらしめること。ようちょう)」というとんでもない大時代的な言葉を使って侵攻(あえて侵略と言う言葉は避けさせて頂きます。)しました。で、後日中華人民共和国の国家主席(誰とは申しますまい。日本でもとんでもない発言をし続けた人です。)はベトナム政府に対し、教科書を書き変えろと言ったそうです。国際的に評価を下げたらしいですが。どうやらベトナムと中華人民共和国の間でも「歴史認識」が違うようですね。これについてはいかがでしょうか?
つまり、「歴史認識」などは国の数だけあるものです。もっといえば、人間の数だけあるものです。それを俺の方が正しいなどと言っても、私に言わせれば愚かなだけです。「歴史認識」などという言葉を使っていますが、つまりは、「俺の言う通りにしろ!」です。
中華人民共和国の「歴史認識」と中華民国の「歴史認識」はどうなっているのでしょうか?
私は昔々、歴史を学んでいてある先生の講義を受けました。
その先生の主張は次のようなものでした。
「中国人という民族はいないし、人種もいない。あれは中華の思想を持ち、漢字を利用した四書五経などを理解し、それを縦横無尽に使える人間と認められれば、それが中国人であった。それ以外は全部蕃夷であった。それが中国人と言われる人々の認識。だから安倍仲麻呂も当時の政府高官になれた。そして、中国の中でも都市の人間だけが中国人であり、農村の人間はただ収奪されるだけの存在であった。農民は四書五経を理解できないから。」
中華思想(とにかく俺たちが一番上、だから皆言う事を聞け!)を持っている人間が中国人。こりゃ反省などという言葉は知らないでしょうね。
言うだけ無駄だと言うのが日本人でしょうが、中国人の文化は違います。間違っていても、「俺は正しい。」と言い続けなければ、社会的に抹殺されてしまうし、そのうちその通りになるかもしれないから、言い続けるのです。それに対し、何も言わないと向こうの言った事を認める事になります。がんばって主張していきましょう。
「ふざけるな!俺たちの言う事が正しいんだ!」とね。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/55193.html