てつさん。
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2006/05/13 09:45 投稿番号: [55027 / 66577]
>戦後処理の一部としての裁判は受け入れてしまった以上「触らぬ神に」
って気がします。<
これは某坊やにも言ったんですが、
「蒸し返すのは常に中国側」
ですよ。
日本人の中国シンパも含めて。
そして東京裁判を見直そうと言う動きは、むしろ欧米発であること。
ワタクシ提示致しましたが、米英が東京裁判前夜(前の晩と言う意味ではないですよ念のため)遡及効問題解決に苦慮したようです。司法としての断罪に問題があることは最初から分かっていたのです。
またコレも書きましたが、本来戦争犯罪人とは戦時体制終了とともに罷免されるのです。だからわざわざ「戦争」犯罪人と称するのです。戦時体制の法に基づき犯罪者な訳ですからね。
これらを熟知した欧米の識者が、東京裁判と言う大きな題材について多面的に検証したいという「学術的欲求」は止めようが無いでしょうね。政治的に各国政府が積極的に公にできない事情も理解できます。
ワタクシが当初良く目にしたのも、東京裁判直後の関係各位の反省やそれを研究する海外のサイトの引用でした。むしろ日本の方々は後追い。
「日本は何故頭を下げ続けるのか」というような論調を耳にしたことがあるはずです。
>それとも裁判を無かったことにして,当時多くあった植民地に今からなります?<
これがすでに「東京裁判教」の「洗脳」なんですよ。
負けて植民地になるのは基本的に主権が存在しない場合。二次大戦より植民地支配が当たり前だった一次大戦の戦後処理でも「ドイツは残った」。
また、いくら東京裁判を否定しても、「今から武力で日本を蹂躙し植民地化」などできません。
当時もし南京を捨てて転戦した国民党軍のように原爆にも首都空襲にも降伏せず戦い続けていたら分割統治や植民地もあり得たでしょうね。
東京裁判は何度も指摘したように「司法」としては不当で、単なる「行政的な戦後処理」にすぎませんが、一方、日本が交渉と妥協によって「勝ち取った」モノでもあります。
ワタクシが指摘し続けているのは「東京裁判の否定」ではなく、「東京裁判を正当な司法判断とし、『被告』を貶めることの不当性」です。カンチガイなさらぬよう。
結果を受け入れたからと言って、「司法判断で無い、刑法判断で無い『犯罪認定』」の犯罪者扱いを甘受する必要は無い、ということです。
ところで靖国の「商売」は又聞きなので強く言うつもりは無いんですが、戦争ゆかりのところで戦争にちなんだモノを売るのは、それほど不当なことでしょうか?
ワタクシ自身は既に言った通り、経営的事情はあるにせよ誤解を受けるような商売は「慰霊施設」「神社」には相応しくないと感じます。それをするくらいなら、きちんと国がバックアップするべきです。「先達の墓を後世が守る」という意義ですね。政教分離には全く反しない。
しかし、アイルトンセナを惜しむ方が彼の乗ったF1マシンのプラモデルを作り感傷に浸るのは悪いことでしょうか?同様に、戦艦とともに沈んだ方を偲び、同型艦の写真やプラモデルを愛でるのは不謹慎でしょうか?敗戦国はコレが許されず、戦勝国は許されるのでしょうか?ステルス戦闘機のプラモデルを作ることは、中東の方への冒涜でしょうか?戦争礼賛でしょうか?
戦争を考えるきっかけになる、先達に弔意を表し歴史を考える。
時代考証に基づいた関連物品の販売は、単に「戦争礼賛」ととらえるには無理があるようにも思います。
もめている靖国はきちんと解決するとして、「国難に殉じた方の慰霊」は早急に考える必要があります。イラクで凶弾に倒れた外務省の奥氏。彼の「帰国」は実に寂しいモノでした。
現在進行形、未来の殉国者に対しては無宗教で国が慰霊施設を作り、もし後々諸問題が解決すれば「合祀」すればよい。しなくても良い。
墓を作れば長生きすると言います。
国難に準備することで、国難が起きなければ良い。まじないで国は守れませんが、ワタクシは切にそう考えます。
って気がします。<
これは某坊やにも言ったんですが、
「蒸し返すのは常に中国側」
ですよ。
日本人の中国シンパも含めて。
そして東京裁判を見直そうと言う動きは、むしろ欧米発であること。
ワタクシ提示致しましたが、米英が東京裁判前夜(前の晩と言う意味ではないですよ念のため)遡及効問題解決に苦慮したようです。司法としての断罪に問題があることは最初から分かっていたのです。
またコレも書きましたが、本来戦争犯罪人とは戦時体制終了とともに罷免されるのです。だからわざわざ「戦争」犯罪人と称するのです。戦時体制の法に基づき犯罪者な訳ですからね。
これらを熟知した欧米の識者が、東京裁判と言う大きな題材について多面的に検証したいという「学術的欲求」は止めようが無いでしょうね。政治的に各国政府が積極的に公にできない事情も理解できます。
ワタクシが当初良く目にしたのも、東京裁判直後の関係各位の反省やそれを研究する海外のサイトの引用でした。むしろ日本の方々は後追い。
「日本は何故頭を下げ続けるのか」というような論調を耳にしたことがあるはずです。
>それとも裁判を無かったことにして,当時多くあった植民地に今からなります?<
これがすでに「東京裁判教」の「洗脳」なんですよ。
負けて植民地になるのは基本的に主権が存在しない場合。二次大戦より植民地支配が当たり前だった一次大戦の戦後処理でも「ドイツは残った」。
また、いくら東京裁判を否定しても、「今から武力で日本を蹂躙し植民地化」などできません。
当時もし南京を捨てて転戦した国民党軍のように原爆にも首都空襲にも降伏せず戦い続けていたら分割統治や植民地もあり得たでしょうね。
東京裁判は何度も指摘したように「司法」としては不当で、単なる「行政的な戦後処理」にすぎませんが、一方、日本が交渉と妥協によって「勝ち取った」モノでもあります。
ワタクシが指摘し続けているのは「東京裁判の否定」ではなく、「東京裁判を正当な司法判断とし、『被告』を貶めることの不当性」です。カンチガイなさらぬよう。
結果を受け入れたからと言って、「司法判断で無い、刑法判断で無い『犯罪認定』」の犯罪者扱いを甘受する必要は無い、ということです。
ところで靖国の「商売」は又聞きなので強く言うつもりは無いんですが、戦争ゆかりのところで戦争にちなんだモノを売るのは、それほど不当なことでしょうか?
ワタクシ自身は既に言った通り、経営的事情はあるにせよ誤解を受けるような商売は「慰霊施設」「神社」には相応しくないと感じます。それをするくらいなら、きちんと国がバックアップするべきです。「先達の墓を後世が守る」という意義ですね。政教分離には全く反しない。
しかし、アイルトンセナを惜しむ方が彼の乗ったF1マシンのプラモデルを作り感傷に浸るのは悪いことでしょうか?同様に、戦艦とともに沈んだ方を偲び、同型艦の写真やプラモデルを愛でるのは不謹慎でしょうか?敗戦国はコレが許されず、戦勝国は許されるのでしょうか?ステルス戦闘機のプラモデルを作ることは、中東の方への冒涜でしょうか?戦争礼賛でしょうか?
戦争を考えるきっかけになる、先達に弔意を表し歴史を考える。
時代考証に基づいた関連物品の販売は、単に「戦争礼賛」ととらえるには無理があるようにも思います。
もめている靖国はきちんと解決するとして、「国難に殉じた方の慰霊」は早急に考える必要があります。イラクで凶弾に倒れた外務省の奥氏。彼の「帰国」は実に寂しいモノでした。
現在進行形、未来の殉国者に対しては無宗教で国が慰霊施設を作り、もし後々諸問題が解決すれば「合祀」すればよい。しなくても良い。
墓を作れば長生きすると言います。
国難に準備することで、国難が起きなければ良い。まじないで国は守れませんが、ワタクシは切にそう考えます。
これは メッセージ 54994 (tetsuyamaguchi さん)への返信です.
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