結局
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2006/04/12 00:49 投稿番号: [54171 / 66577]
「検証しよう」
と言う提案を蹴っている本人が検証もせずコッチが事実だと言ってもナンの説得力も無い。
検証されたら困るんじゃないですかね?検証不可能だというなら、ご自身のご意見や認識も確かだとは言えませんよね?
政治的方便として「断罪」されたなら、「真に罪人」では無いですよね。矛を収めるための方便であって、コトが治まればとやかく言うことではないですね。
よく戦争を率いた責任だから戦死ではないなんて論調を聞きますが、正当な裁判でない、戦後処理としての方便だというなら、東京裁判の「刑死」は、戦いに敗れた結果の「戦死」です。最低でも戦争や国難に殉じた「殉死」です。
戦後の名誉回復は、刑死でなく国難に殉じたのだという、「公務死である」という再認識でした。
小沢某が言っているのは、議会できちんと決議したことを単なる私見で覆しているだけです。日本は、少なくとも国内では、法的に、議会で、公明正大に、「戦犯など居ない。戦争中の公務死だから、国家としての弔意対象である」と認識したのです。
オモシロいのは、この公務死認定も、沖縄返還も、「社会党」が進んで推進したと言うことです。民主党の一部、社民党の連中は、自党の歴史も知らない馬鹿ばっかりだと言うことですね。
あえて悪法に準じることと、善悪・名誉は別問題です。
我が国の先達が、折々で国を憂い、あえて手を血に染めた。命を投げ出した。
これは決して罪悪などでなく、誇るべきことです。
その際、間違いを行ったなら法に従い処分されれば良い。処分や評価が真っ当ならナニも異を唱えることはない。
しかし、明らかに間違った評価であれば、覆し、名誉を回復せねば、国家としての主体は失われる。
それはその「間違った行為」「あえて手を血に染めた行為」を平時にまで容認したり、賞賛することではない。
「政治方便で認めたから今でも認識をそのまま認めろ」
方便もしくはソレに準ずることであると認めた時点で、東京裁判の結果により戦犯は悪であるとの結論は破綻する。
終了。
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