Re: 愚痴
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2006/02/28 10:43 投稿番号: [52806 / 66577]
【愚痴】といえば、
「道理が分からない意」言ってもどうしようもないことを、くどくど言うこと(『新明解国語』)
まあ、正反両面の意味に解釈可能な言葉です。
昔の愚痴は:良い意味で受け止められる場合があった。例えば「親父の愚痴」と名打って、どっか飲み屋の湯のみにずら〜と書いてあったような、
人の女房を盗むな、
人の恩を忘れるな、
人の金を速く返せ・・・
とずら〜と並んでいて、お酒が来る前に、まず愚痴を聞かされる気分です。それが最後の決まった「酒は控えめ」だなんて・・・一種の教訓譚みたいなものです。親父の特権ともいえる時代の愚痴であった。
今は昔。別種のというか、広範囲に理解可能な様々のレベルに愚痴がこぼれる時代になった。
『愚痴とは何か』(あるHPからの抜粋):
「自分にとって不本意なことが起こった場合、通常は
①気持ちの整理をつける
②必要であれば、問題を解消すべく行動を起こす
この2つのステップで不本意なことを乗り越えていくのです。①はカウンセリングのフェーズで、②はコーチングのフェーズです。愚痴というのは一種のカウンセリングで、気持ちの整理をつける適応過程です。
悟った人ほど①の段階を短時間で抜けるわけです。凡人はそうもいきませんから、気持ちの整理をつけるのに時間がかかります。しかし、他人に語るほどではないことが大半です」と。
こういう種類の愚痴はどうも聞いてあげるものであり、批判するものではないような差覚を呼び起こす。言い換えれば、聞いてあげても、堂々巡りするだけで、一向に話が前に進まないという錯覚まで雑じってくる。ああ嫌だなと、内心に言いたくなる。
こういう愚痴は一方的です。交換はだめ、批判はだめ、ともかく「嫌でも聞け」と意味する。
【愚痴】は仏教語です。それも大変忌憚すべきことであった。仏教の三毒に「貪欲・瞋恚・愚痴」(貪欲痴、淫怒痴、欲瞋无明とも)の三つにある一つですから、
『雑阿含経』巻18・弟子所説証第4品
舎利仏言:涅槃者、貪欲永尽、瞋恚永尽、愚痴永尽、一切煩悩永尽、是名涅槃。
仏様は、涅槃というのは【愚痴】を含む三毒を断ち切り、一切の煩悩も永久に断ち切ってのちにはじめて成り立つというのですから、大変重要な教えであるが分かる。その他、『中阿含経』第53巻、『大智度論』第34巻、『唯摩経』第913巻、『箭喩経』といろんな場面において説かれているため、少なくとも仏教徒には今現在も許せぬ愚挙であろうことに違いない。
愚痴の反対は知恵です。知恵なら交換は可能、批判は可能。
愚痴は長々と開陳していくのを、愚論だろう。今は喩えいくらかの愚痴が許されても、愚論は仏教の世界でなくとも許されないだろう。
知り合った恵みの【知恵】を大切にしたければ、愚痴を零す人を避けて通りたいね。僕は。
「道理が分からない意」言ってもどうしようもないことを、くどくど言うこと(『新明解国語』)
まあ、正反両面の意味に解釈可能な言葉です。
昔の愚痴は:良い意味で受け止められる場合があった。例えば「親父の愚痴」と名打って、どっか飲み屋の湯のみにずら〜と書いてあったような、
人の女房を盗むな、
人の恩を忘れるな、
人の金を速く返せ・・・
とずら〜と並んでいて、お酒が来る前に、まず愚痴を聞かされる気分です。それが最後の決まった「酒は控えめ」だなんて・・・一種の教訓譚みたいなものです。親父の特権ともいえる時代の愚痴であった。
今は昔。別種のというか、広範囲に理解可能な様々のレベルに愚痴がこぼれる時代になった。
『愚痴とは何か』(あるHPからの抜粋):
「自分にとって不本意なことが起こった場合、通常は
①気持ちの整理をつける
②必要であれば、問題を解消すべく行動を起こす
この2つのステップで不本意なことを乗り越えていくのです。①はカウンセリングのフェーズで、②はコーチングのフェーズです。愚痴というのは一種のカウンセリングで、気持ちの整理をつける適応過程です。
悟った人ほど①の段階を短時間で抜けるわけです。凡人はそうもいきませんから、気持ちの整理をつけるのに時間がかかります。しかし、他人に語るほどではないことが大半です」と。
こういう種類の愚痴はどうも聞いてあげるものであり、批判するものではないような差覚を呼び起こす。言い換えれば、聞いてあげても、堂々巡りするだけで、一向に話が前に進まないという錯覚まで雑じってくる。ああ嫌だなと、内心に言いたくなる。
こういう愚痴は一方的です。交換はだめ、批判はだめ、ともかく「嫌でも聞け」と意味する。
【愚痴】は仏教語です。それも大変忌憚すべきことであった。仏教の三毒に「貪欲・瞋恚・愚痴」(貪欲痴、淫怒痴、欲瞋无明とも)の三つにある一つですから、
『雑阿含経』巻18・弟子所説証第4品
舎利仏言:涅槃者、貪欲永尽、瞋恚永尽、愚痴永尽、一切煩悩永尽、是名涅槃。
仏様は、涅槃というのは【愚痴】を含む三毒を断ち切り、一切の煩悩も永久に断ち切ってのちにはじめて成り立つというのですから、大変重要な教えであるが分かる。その他、『中阿含経』第53巻、『大智度論』第34巻、『唯摩経』第913巻、『箭喩経』といろんな場面において説かれているため、少なくとも仏教徒には今現在も許せぬ愚挙であろうことに違いない。
愚痴の反対は知恵です。知恵なら交換は可能、批判は可能。
愚痴は長々と開陳していくのを、愚論だろう。今は喩えいくらかの愚痴が許されても、愚論は仏教の世界でなくとも許されないだろう。
知り合った恵みの【知恵】を大切にしたければ、愚痴を零す人を避けて通りたいね。僕は。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/52806.html