日本人の悪行1> 旅順虐殺事件
投稿者: jm_s1960 投稿日時: 2006/02/14 11:26 投稿番号: [51476 / 66577]
1894.11.21〜25
大谷正「旅順虐殺事件の一考察」(同『近代日本の対外宣伝』(研文社、1994年)
大山巌大将が指揮した日本陸軍第二軍旅順総攻撃を行って、市街に突入した日本軍が22日から25日まで旅順市街ならびに周辺の掃討戦を実施。敗残兵と捕虜、市内に逃げ遅れた小商人、貧民などが市街戦、掃討戦にまきこまれて殺害された。市街で略奪と放火。生き残った市民が使役される。「この者は○○隊にて使役する者なり殺すべからず」等の名刺、張り紙。犠牲者数は中国側、約2万人、日本軍当局、戦死者も含め約4500人。
清国軍の敗残兵、捕虜、市内に避難していた市民と農村に隠れていた農民。 日本軍が戦時国際法を遵守して「文明の戦争」ができることをアピールしようとしたが、事前に日本兵の死体が残酷に曝されていたのを見た将兵が報復感情を抱いたため、阻止できなかったという説明もある。ただし、日本軍は残敵掃討戦では民間人も区別せずに殺害したのが通例。
これは メッセージ 51475 (jm_s1960 さん)への返信です.
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