また杜撰な歴史知識を(笑
投稿者: mekemekeo 投稿日時: 2004/03/28 16:36 投稿番号: [4863 / 66577]
宮崎市定・著『大唐帝国』(河出書房新社)によれば、歴史学の
立場からは、西洋のローマ帝国に相当する漢帝国が滅んで三国時
代が始まる頃からが「中国の中世」とするのが定説になっている。
劉備の訪問を受けた蜀の住民(確か蜀王宮の官僚だったと思う)が、
劉備をもてなす食材がなく、妻に頼み込んで彼女を殺し、その人肉
を饗した。それを知った劉備が男の忠義を褒め称えたというのは、
つまり中国では古代の原始的風習ではなく、中世に入ってからの話。
>魏志倭人伝の世界では、大和の国では生け贄人を食う習慣があった
まず、魏志倭人伝の時代には、まだ「大和」という国名がなかった。
次に魏志倭人伝には、邪馬台国の葬儀や風習について書かれた記述が
ある。生贄についての記述もあるが、食人の風習はどこにも見当たらない。
死人が生き返ることを怖れる風習があって、死体に石を抱かせたり
死体を折り曲げて葬る習慣はあった。つまり、人間が死ぬという
事実に対して曖昧な感情があったためこうしたことをしたわけで、
そんな恐怖感を持った人間が果たして生贄の死体を平然と食うこ
とがあったかどうかは疑問。
これは メッセージ 4848 (wmbyq010 さん)への返信です.
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