君が代は葬式歌
投稿者: doteue 投稿日時: 2005/12/01 15:23 投稿番号: [47433 / 66577]
君が代の研究は近年進んできています。君が代は、分析してみれば祝い歌でなく葬式歌です。しかも古今集のもじり歌、俗謡です。君が代は、現世における長寿を願う歌でなく、あの世での長寿を願う歌です。すなわち冥福歌です。千代に八千代には人間の寿命を越えた永久の意味です。永久に生きるとは、肉体は死してもその偉大な名が伝わるとか、山稜に埋葬された死者・大王があの世で永久におわしますと言うことです。
また、さざれ石が礫岩の解釈は俗説です。
細石は聖なる石という意味です。細石は鍾乳洞の荘厳な石です。古代の大王の遺徳を讃えるのに誠にふさわしい比喩と思います。君が代は世界に冠たる葬送名歌です。
以下6つの根拠です。 参考文献「君が代の本歌は挽歌だった」藤田友治著
君が代は挽歌・死者を悼む歌 葬送歌の6つ証拠
1、巌=墓石の象徴
2、苔=墓石に生えるもの 死者の転生の兆し 死後、自然物に生まれ変わ
るという意味、日本人の死生観を表している。
3、細石(神聖な石)=鍾乳洞の中で年月が経ち伸長する石筍のこと。冥界のイメージ 死者が洞窟すなわち冥界で永久に暮らすこと
4、千代に八千代=人間の寿命を越えた永久のこと、死者は永遠、の意味
5、死を象徴する語が多く祝い歌の持つ華やかな語がない。
6、朗詠しても華やいだ祝い歌の雰囲気がない。
従って君が代は、世にも珍しい葬式歌の国歌である。
葬送歌としてみれば、君が代は世界に冠たる葬送名歌である。鍾乳洞の石筍を千年時計にして歌にしたものが外国にあるだろうか。
参考 これも挽歌、葬送歌、葬式歌、死者を悼む歌
妹が名は 千代に流れむ 姫島の 子松が末に苔むすまでに
貴女の名は死しても千年後まで伝わりますよ、松の苗が大きくなってそれに苔が生えるまで(貴女は命に代えて人麻呂歌集・万葉集の1.2巻を守った功績で)
以下は詳細根拠
君が代は解釈がまちまち、あるいは理解し難い句がありながら、それを放置し白拍子(売春婦)などが歌った俗謡のまま、国歌になった。
日本的な、なーなーで処理されて国歌となりこれを創った古代の大歌人も嘆いているのではないか。古今集に題知らず読み人しらずと有るのでこの歌の成立は10世紀よりさらに数百年位古い。
まず、君は、きみあなたの意味ではなく大王、天皇である。天皇に歌を捧げた、それ相応の宮廷大歌人が作者だ。
代は、辞書によると御代、一代で代々のことではない。古今集、和漢朗詠集正写本では「我が君」。
細石(さざれいし)これは細い石でも、でこぼこした礫岩でもない。小さい石が集まって巌になることは、地上ではまずない。よく神社で展示されている細石からできたとする巌は、ざらざらの見栄えのしないものだ。こんなものを譬喩に使ったら大王に失礼だ。大歌人はこんな下手な味気ない譬喩はしない。さざれ石とはもっと神々しいものだ。
古い神社に細男の表現が伝わっている。これは細い男でも痩せた男でもない。これは神に仕える男、神職の意味とのことだ。すると細石は神の神聖な石と解ける。それが永い年月掛かって巌ではなくて岩穂=鍾乳洞の石筍に成長する。
古代人は鍾乳洞に入ってその荘厳さに神を感じ、したたりおちる神聖なしずくが岩を成長させる不思議さに悠久の時を感じたのだ。
わが君は千世にやちよに細石(さざれ石)のいわほとなりて苔のむすまで
これで解釈すると、君(我が大王)が御代(一代の治世)は、(民を慈しみ国内を整えて立派な政治をされましたので大王の御名は)千世に八千世に神聖な石が成長して岩穂になり苔がむすまで、讃えられ語り伝えられるでありましょう。
(大王個人の寿命が千年も続くことはありえないから、これは大王が死んでもその名が永く残るという意味でこの歌は葬儀の際に詠われた歌)
だから、大王よ、安らかに眠ってください。と大王の霊を慰める歌になると考えます。 従って君が代は挽歌、葬送歌。
死したる大王の棺の前で、大王の遺徳をしのび、大歌人が涙ながらに君が代を朗詠し、並み居る百官、貴族の涙や女官の紅涙を絞ったのだろう。
また、さざれ石が礫岩の解釈は俗説です。
細石は聖なる石という意味です。細石は鍾乳洞の荘厳な石です。古代の大王の遺徳を讃えるのに誠にふさわしい比喩と思います。君が代は世界に冠たる葬送名歌です。
以下6つの根拠です。 参考文献「君が代の本歌は挽歌だった」藤田友治著
君が代は挽歌・死者を悼む歌 葬送歌の6つ証拠
1、巌=墓石の象徴
2、苔=墓石に生えるもの 死者の転生の兆し 死後、自然物に生まれ変わ
るという意味、日本人の死生観を表している。
3、細石(神聖な石)=鍾乳洞の中で年月が経ち伸長する石筍のこと。冥界のイメージ 死者が洞窟すなわち冥界で永久に暮らすこと
4、千代に八千代=人間の寿命を越えた永久のこと、死者は永遠、の意味
5、死を象徴する語が多く祝い歌の持つ華やかな語がない。
6、朗詠しても華やいだ祝い歌の雰囲気がない。
従って君が代は、世にも珍しい葬式歌の国歌である。
葬送歌としてみれば、君が代は世界に冠たる葬送名歌である。鍾乳洞の石筍を千年時計にして歌にしたものが外国にあるだろうか。
参考 これも挽歌、葬送歌、葬式歌、死者を悼む歌
妹が名は 千代に流れむ 姫島の 子松が末に苔むすまでに
貴女の名は死しても千年後まで伝わりますよ、松の苗が大きくなってそれに苔が生えるまで(貴女は命に代えて人麻呂歌集・万葉集の1.2巻を守った功績で)
以下は詳細根拠
君が代は解釈がまちまち、あるいは理解し難い句がありながら、それを放置し白拍子(売春婦)などが歌った俗謡のまま、国歌になった。
日本的な、なーなーで処理されて国歌となりこれを創った古代の大歌人も嘆いているのではないか。古今集に題知らず読み人しらずと有るのでこの歌の成立は10世紀よりさらに数百年位古い。
まず、君は、きみあなたの意味ではなく大王、天皇である。天皇に歌を捧げた、それ相応の宮廷大歌人が作者だ。
代は、辞書によると御代、一代で代々のことではない。古今集、和漢朗詠集正写本では「我が君」。
細石(さざれいし)これは細い石でも、でこぼこした礫岩でもない。小さい石が集まって巌になることは、地上ではまずない。よく神社で展示されている細石からできたとする巌は、ざらざらの見栄えのしないものだ。こんなものを譬喩に使ったら大王に失礼だ。大歌人はこんな下手な味気ない譬喩はしない。さざれ石とはもっと神々しいものだ。
古い神社に細男の表現が伝わっている。これは細い男でも痩せた男でもない。これは神に仕える男、神職の意味とのことだ。すると細石は神の神聖な石と解ける。それが永い年月掛かって巌ではなくて岩穂=鍾乳洞の石筍に成長する。
古代人は鍾乳洞に入ってその荘厳さに神を感じ、したたりおちる神聖なしずくが岩を成長させる不思議さに悠久の時を感じたのだ。
わが君は千世にやちよに細石(さざれ石)のいわほとなりて苔のむすまで
これで解釈すると、君(我が大王)が御代(一代の治世)は、(民を慈しみ国内を整えて立派な政治をされましたので大王の御名は)千世に八千世に神聖な石が成長して岩穂になり苔がむすまで、讃えられ語り伝えられるでありましょう。
(大王個人の寿命が千年も続くことはありえないから、これは大王が死んでもその名が永く残るという意味でこの歌は葬儀の際に詠われた歌)
だから、大王よ、安らかに眠ってください。と大王の霊を慰める歌になると考えます。 従って君が代は挽歌、葬送歌。
死したる大王の棺の前で、大王の遺徳をしのび、大歌人が涙ながらに君が代を朗詠し、並み居る百官、貴族の涙や女官の紅涙を絞ったのだろう。
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