Re: 中国側の問題 6
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/11/27 02:42 投稿番号: [47142 / 66577]
中国側の問題
6
投稿制限にかかったので、ここから再開です。
また前回までにコピペの手違いでダブル文章があります。失礼
漢字一つにしても確かに中国発である事は事実だが、未だに文字改革が出来ず、僅かに簡略体が作られたくらいのものだが、新しい事象に対する新語を造り出す機能に乏しい。したがって、現代中国語における単語の70%が日本語からの移植であり、日本人が近代思想に必要な単語を漢字に日本語の感覚で訳したからこそ中国がその恩恵を受けた。
日本では1000年前以上に文字改革を行い、平かなカタカナを発明し、更に多数の国字を開発し、必要な漢字の数を必要最小限に抑えた。平仮名カタカナ漢字を織り交ぜて使う事により表現力はアルファベット以上でありむろん漢字以上でもある。文字改革とはこういう事を言うのであり、表音文字と表意文字を組みあわせて使う文字は世界では日本語以外にない。かろうじて韓国がハングルと漢字の組み合わせを使うが、漢字教育がされていないため、古い本を読めないとか漢字自体が殆ど読めない世代が生まれている。慌てて漢字教育を見直しているところだ。
日本文化が中国文化の亜流だと言うことで自尊心を満足させるのは勝手だが、そのような事を行っている間は中国に発展のチャンスはない。
その意味で、中国文明が中国の発展の足枷になっている面があると言えよう。
4)中国人の意識
ここでも、他のトピでも繰り返し言われている事だが、中国人は最初理論らしい事を言っているが次第にこじつけになり揚げ足取りになりすり替えになり、最後に罵倒になって遁走するというパターンを繰り返す。こういう中国人を相手にしていると議論という概念を中国人は持っていないとしか思えない。彼等にとって議論とは要するに相手に勝つ事であり、勝つとは言い負かされない、相手を黙らせる事らしい。事の理非は関係なく、罵倒でも屁理屈でもとにかく大きな声で最後まで怒鳴りまくり相手が黙れば自分が勝ったと思うのではないのか。おそらくまける事がそのまま生活も出来なくなる、下手をすれば殺される社会で生きてきた結果の知恵なのだろうと思える。
一つの例だが、ここに書き込む某Wという中国人がいて、日本で国文学を研究しているらしい。単に商売で有利になるからという理由ではなく日本自体に興味を持ち苦労をして日本語を学び、対して金になりそうもない学究生活を送っているのであろう。つまり、もともと日本に対して好印象を持っている人間と思われる。しかし、一旦論争となるととにかく基本的な中国的価値観、判断基準より一歩も動かない。
かつて支那という呼称が中国に対する蔑称にあたるかどうかと論じた時、彼のWは倭という呼び名は日本の蔑称ではないとの論を繰り広げた事がある。多くの中国人の中でも割合まともな事を言う方なのだが、最近でも日本に痴漢が多いという話で(これも日本の犯罪発生率が多いという話からずれてきた論点ずらしの一つ)日本では人と距離が短く、警戒心が小さいという環境が裏目に出た結果であり、電車があるからだと私が書いたのだが、その意味は電車が痴漢の原因ではなく満員電車が人との距離を縮めるからだという事だ。さらに人との距離とは物理的な距離ではなく心理的な距離を意味している。
ー まだまだ続く ー
投稿制限にかかったので、ここから再開です。
また前回までにコピペの手違いでダブル文章があります。失礼
漢字一つにしても確かに中国発である事は事実だが、未だに文字改革が出来ず、僅かに簡略体が作られたくらいのものだが、新しい事象に対する新語を造り出す機能に乏しい。したがって、現代中国語における単語の70%が日本語からの移植であり、日本人が近代思想に必要な単語を漢字に日本語の感覚で訳したからこそ中国がその恩恵を受けた。
日本では1000年前以上に文字改革を行い、平かなカタカナを発明し、更に多数の国字を開発し、必要な漢字の数を必要最小限に抑えた。平仮名カタカナ漢字を織り交ぜて使う事により表現力はアルファベット以上でありむろん漢字以上でもある。文字改革とはこういう事を言うのであり、表音文字と表意文字を組みあわせて使う文字は世界では日本語以外にない。かろうじて韓国がハングルと漢字の組み合わせを使うが、漢字教育がされていないため、古い本を読めないとか漢字自体が殆ど読めない世代が生まれている。慌てて漢字教育を見直しているところだ。
日本文化が中国文化の亜流だと言うことで自尊心を満足させるのは勝手だが、そのような事を行っている間は中国に発展のチャンスはない。
その意味で、中国文明が中国の発展の足枷になっている面があると言えよう。
4)中国人の意識
ここでも、他のトピでも繰り返し言われている事だが、中国人は最初理論らしい事を言っているが次第にこじつけになり揚げ足取りになりすり替えになり、最後に罵倒になって遁走するというパターンを繰り返す。こういう中国人を相手にしていると議論という概念を中国人は持っていないとしか思えない。彼等にとって議論とは要するに相手に勝つ事であり、勝つとは言い負かされない、相手を黙らせる事らしい。事の理非は関係なく、罵倒でも屁理屈でもとにかく大きな声で最後まで怒鳴りまくり相手が黙れば自分が勝ったと思うのではないのか。おそらくまける事がそのまま生活も出来なくなる、下手をすれば殺される社会で生きてきた結果の知恵なのだろうと思える。
一つの例だが、ここに書き込む某Wという中国人がいて、日本で国文学を研究しているらしい。単に商売で有利になるからという理由ではなく日本自体に興味を持ち苦労をして日本語を学び、対して金になりそうもない学究生活を送っているのであろう。つまり、もともと日本に対して好印象を持っている人間と思われる。しかし、一旦論争となるととにかく基本的な中国的価値観、判断基準より一歩も動かない。
かつて支那という呼称が中国に対する蔑称にあたるかどうかと論じた時、彼のWは倭という呼び名は日本の蔑称ではないとの論を繰り広げた事がある。多くの中国人の中でも割合まともな事を言う方なのだが、最近でも日本に痴漢が多いという話で(これも日本の犯罪発生率が多いという話からずれてきた論点ずらしの一つ)日本では人と距離が短く、警戒心が小さいという環境が裏目に出た結果であり、電車があるからだと私が書いたのだが、その意味は電車が痴漢の原因ではなく満員電車が人との距離を縮めるからだという事だ。さらに人との距離とは物理的な距離ではなく心理的な距離を意味している。
ー まだまだ続く ー
これは メッセージ 47141 (tokagenoheso さん)への返信です.
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