wangjunhe720さんへ
投稿者: kiku_aoi_sakura 投稿日時: 2005/11/23 05:00 投稿番号: [47064 / 66577]
>私は基本的に『愛国精神』(日本語)を、中国の所謂『愛国教育』(中国語)と、同次元というか、どうレベルの話として理解します。なぜならその共通性は、イデオロギーにおいてです。「愛国」とは言いながら、そこに込めた意味合いが実は別にあるのです。
だが、其れに対して『愛国無罪』(中国語)というのは、反日活動の中で生まれた言葉です。
それは普通の民衆が、当局に向かって訴えるためのものです。それは『愛国精神』や『愛国教育』の目論見とは、違うのでしょう?
この意味で、私は、『愛国無罪』と『愛国精神』とを、別に見るわけです。
何処までも、wangjunhe720さんらしい回答ですな。
当方は、こう見ます。
教科書問題に関連した日本の「愛国精神」は、「自虐史観」の対となる言葉のように思えますね。
今までのように、左派マスコミや他国の主張に惑わされ、漫然と記載していた事を、検証可能な歴史資料に乗っ取って再評価した結果だという事です。虐殺に疑義を挟んでいますが、封殺はしていませんよ。
更に、「愛国精神」を発言したのは、絶対的な強制力を行使出来る立場の人物ではないので、貴兄の言う「民衆」の域を出ませんぞ。貴兄の母国と違い、官製教科書のみではなく、それを強制する環境下にはありませんからな。
翻って、中国の「愛国教育」はどうですか?不都合な事は、歴史から抹消していませんかな?敵意を差し向けるような作りになっているとも漏れ聞こえてきますが、実態はどうですかな。
その上で、「愛国無罪」の主張が何を根拠に沸き起こってきたかを考えるとどうですかな?
「愛国教育」の目論み通りだと、思えますぞ。
当方の見地からすると、その発生論的には別個の物でありながら、内容が近似の物として、「愛国精神」と「愛国無罪」をほぼ同列に解釈する次第です。
拙文故、誤解を生じさせてしまうやも知れぬが、
こちらこそ、よろしくお願い申し上ぐる。
これは メッセージ 47022 (wangjunhe720 さん)への返信です.
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