短絡的な民族憎悪に警鐘(その1)
投稿者: aki_fumika 投稿日時: 2004/03/03 15:45 投稿番号: [4508 / 66577]
私は、「シナ」「中共」などの言葉については、中共の、それは差別用語であるとの指摘は、間違いというより、こじつけであると思いますし、それをそのまま無反省に受け入れて、知識人面している日本の媒体には疑問を感じます。また、「招魂社」についても、私なりの主張があり、中共や韓国などの主張とは意見を異にします(それは過去ログにだいぶ書いてありますが)。
しかし、最近の風潮、ステレオタイプに、紋切り型に、お互いが、あいつはこーだからダメだ、とか、○○人だからダメだ、のような投げつけるような罵倒には疑問を持っています。
(例えば、中国人だからダメだ、とか、朝鮮人だからダメだ、のようなやり方ですね。根拠や論点が全然なく、ただ、決めつけて相手を罵倒するだけのやり方。これは、日本人にも外国人にも見られますが。。。)
以前、中華思想や中国系の思考様式について簡単な分析を書いたことがありますが、逆に、日本人についてそれを書いてみることで、外人が「日本系思想」とステレオタイプに日本人を非難することがないよう、また、外人が理解不能と呆れる部分を少しでも、私たちが反省し、分かりやすい日本人となるために、非難囂々、脅迫を恐れず、少し書いてみます。ご批判よろしくお願い致します。
半島(朝鮮半島)では、お隣は悪人だ、隣村、隣町の連中はヤクザだ、どーしようもない連中だ、とか、○○村の○という名字の奴らや全部悪人だ、とか、○○道の奴らはちんぴらだ、のような「お隣への悪口、憎悪、差別」を何百年も言い続けてきております。これは、半島系の典型的な特徴です。端から見れば、これは近親憎悪みたいなもので、「村社会」の典型的な特質です。
さて、以前、日本の成り立ちを、記紀を元に、また、司馬遼太郎や金先生などのお考えを参考に、簡単に書いたことがあります。天○一派が日本を侵略したお話です(過去ログ参照)。
で、原日本人(半島からの移住者以前に日本にいた人たちを仮にこう呼びます)は、関東以北や九州に追いやられたり閉じこめられたりしたわけです。天○一派以前にも半島からの移住者はいたらしく、天○より家系が数代古い(日本での足跡が天○より古い、ということ)、などという家が関西では存在します。で、天○一派が日本に定住し、半島から技術者を呼んでくるわけです。これらのことは記紀に書いてあります。
ところが、先に来た半島出身者たちが、後来の半島からの移住者たちを差別することが始まったわけです(と同時に、原日本人への差別も始まったわけです)。
半島からの移住者たちは、根が同じなのだから、何も差別したり憎悪する必要はないかと思いますが、一般には、半島の先進技術をもった集団を天○一派が囲い込むことで文化や産業を独り占めしようとした、また、その統治策として、差別や憎悪という半島特有の民族性から来る感情を利用したと思われます(最近では、こうした民族感情を統治に悪用したのが、台湾トピで書いた、国民党のやり方なのですが)。
で、近畿、中部圏が、その当時の原日本人のテリトリーとの境界線みたいなところで、そうした差別が激しかったところでもあります。ですから、部落というものがいまだにあり、被差別民がいまだに虐げられているところが、愛知であったり、京都や福井であったりもするわけです。関西は民族のるつぼのようなところなので、関西ではこうしたお話はタブーですが(誰の祖先がが帰化や渡来であるか分からないのでという、生活上の問題からで、決して人権的な配慮からではありません、ま、絶対数の問題でしょうか)。。。
で、同じ半島の出身者たちが、その日本に来た古さや新しさで差別したり、されたり、また、半島の出身地方による選別や差別が行われたり。。。
原日本人に対しては、クマソとか隼人とか、呼ぶことで、あからさまに自分たちと区別しようとしたわけです(この最近の例は、サントリーの会長だか社長だかが、クマソとか隼人という差別用語を平気で口にし、該当地方を馬鹿にしたという大事件がありますが、これは、関西のそうした半島直系の民族感情がいまだに関西では生きていることの証左ですね)。
こうして、天○一派と同時か前後して半島から日本に来た半島出身者たちは、自分たち以外を区別、差別していったわけです。
で、日本と言うところは、地方では人の出入りが少ないので、そうした、部落、集落などが現在まで面々と存続しているわけで、と、同時に、その半島的差別主義も存続しているわけです。
(その2に続く)
しかし、最近の風潮、ステレオタイプに、紋切り型に、お互いが、あいつはこーだからダメだ、とか、○○人だからダメだ、のような投げつけるような罵倒には疑問を持っています。
(例えば、中国人だからダメだ、とか、朝鮮人だからダメだ、のようなやり方ですね。根拠や論点が全然なく、ただ、決めつけて相手を罵倒するだけのやり方。これは、日本人にも外国人にも見られますが。。。)
以前、中華思想や中国系の思考様式について簡単な分析を書いたことがありますが、逆に、日本人についてそれを書いてみることで、外人が「日本系思想」とステレオタイプに日本人を非難することがないよう、また、外人が理解不能と呆れる部分を少しでも、私たちが反省し、分かりやすい日本人となるために、非難囂々、脅迫を恐れず、少し書いてみます。ご批判よろしくお願い致します。
半島(朝鮮半島)では、お隣は悪人だ、隣村、隣町の連中はヤクザだ、どーしようもない連中だ、とか、○○村の○という名字の奴らや全部悪人だ、とか、○○道の奴らはちんぴらだ、のような「お隣への悪口、憎悪、差別」を何百年も言い続けてきております。これは、半島系の典型的な特徴です。端から見れば、これは近親憎悪みたいなもので、「村社会」の典型的な特質です。
さて、以前、日本の成り立ちを、記紀を元に、また、司馬遼太郎や金先生などのお考えを参考に、簡単に書いたことがあります。天○一派が日本を侵略したお話です(過去ログ参照)。
で、原日本人(半島からの移住者以前に日本にいた人たちを仮にこう呼びます)は、関東以北や九州に追いやられたり閉じこめられたりしたわけです。天○一派以前にも半島からの移住者はいたらしく、天○より家系が数代古い(日本での足跡が天○より古い、ということ)、などという家が関西では存在します。で、天○一派が日本に定住し、半島から技術者を呼んでくるわけです。これらのことは記紀に書いてあります。
ところが、先に来た半島出身者たちが、後来の半島からの移住者たちを差別することが始まったわけです(と同時に、原日本人への差別も始まったわけです)。
半島からの移住者たちは、根が同じなのだから、何も差別したり憎悪する必要はないかと思いますが、一般には、半島の先進技術をもった集団を天○一派が囲い込むことで文化や産業を独り占めしようとした、また、その統治策として、差別や憎悪という半島特有の民族性から来る感情を利用したと思われます(最近では、こうした民族感情を統治に悪用したのが、台湾トピで書いた、国民党のやり方なのですが)。
で、近畿、中部圏が、その当時の原日本人のテリトリーとの境界線みたいなところで、そうした差別が激しかったところでもあります。ですから、部落というものがいまだにあり、被差別民がいまだに虐げられているところが、愛知であったり、京都や福井であったりもするわけです。関西は民族のるつぼのようなところなので、関西ではこうしたお話はタブーですが(誰の祖先がが帰化や渡来であるか分からないのでという、生活上の問題からで、決して人権的な配慮からではありません、ま、絶対数の問題でしょうか)。。。
で、同じ半島の出身者たちが、その日本に来た古さや新しさで差別したり、されたり、また、半島の出身地方による選別や差別が行われたり。。。
原日本人に対しては、クマソとか隼人とか、呼ぶことで、あからさまに自分たちと区別しようとしたわけです(この最近の例は、サントリーの会長だか社長だかが、クマソとか隼人という差別用語を平気で口にし、該当地方を馬鹿にしたという大事件がありますが、これは、関西のそうした半島直系の民族感情がいまだに関西では生きていることの証左ですね)。
こうして、天○一派と同時か前後して半島から日本に来た半島出身者たちは、自分たち以外を区別、差別していったわけです。
で、日本と言うところは、地方では人の出入りが少ないので、そうした、部落、集落などが現在まで面々と存続しているわけで、と、同時に、その半島的差別主義も存続しているわけです。
(その2に続く)
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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