「自衛」とは「無縁」の大東亜戦争
投稿者: apualine2000jp 投稿日時: 2005/08/10 21:44 投稿番号: [40970 / 66577]
ワタクシは、常日頃から日本の戦争は「犯罪」と認識しています。
あっ
これは東京裁判でも、そう判断されてますね。
ワタクシは、「自存自衛」の戦争だったという説に
大きな疑問を持ってます。
「日独伊枢軸教化に関する件」という文章の一節を
見ると、馬来
ボルネオ
ビルマ
濠州
新西蘭
印度…アジア太平洋の諸国の地名が並んでいます。
1940年9月の大本営政府連絡会議の決定です。
これらの諸国について文章は「皇国の大東亜新秩序建設の為の生存権として考慮すべき範囲」としてます。
ABCD包囲網ですが、この「包囲網」が完成したのは
1941年8月
米国による石油の禁輸措置。
つまり日本は、「経済封鎖」の「1年前」に
すでに、アジア・太平洋地域の制覇を政府の公式方針と
していたわけです。
後に「南方進出」に関しては、昭和天皇でさえ
「火事場泥棒方式」と語っています。
ハル・ノートに関しては、
米国はハル・ノートを最後通牒のつもりで
送ったわけではありません。
日本が戦争したいが為に、勝手に最後通牒だとして
開戦したのです。
むしろ開戦を急いでいた日本の軍部は、逆に
ハル・ノートを喜びました。
上記の「内容」を見ても、「自衛」とは「無縁」であります。
「大東亜戦争」と呼ぶには、あまりにも馬鹿げていますが…ナニがナニで「自衛」なのか(笑)
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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