中国人の価値観
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/08/02 13:41 投稿番号: [40186 / 66577]
このトピでも再三語られている中国人との対話は不可能との認識について、基本的な問題として考えてみたい。もし、本当に対話が不可能なら、BBSで意見交換をするなど無意味だからだ。
私個人の限られた経験の範囲だが、そのような傾向は見られる。日本人にもあるが、印象としてそのような日本人はごく一部の個人的な要素であるのに対し、中国人では大半がそうだと思える。
大半とは、必ずしもそうではないと思える相手がたまにいると思えるからだ。
中国人との対話が出来ない理由は単純で、相手が敵か味方かを、価値観が同じか違うかで分けてしまうことにあるようだ。
このトピや関連トピにおいて中国人同士で意見の対立という現象が全くない。中国人同士の言い合いをBBSで見たことがある人がいるだろうか。日本人同士ではごく普通にあるのに。
これは民族性、社会のあり方の違いによるものと思われるが、中国人は自分と意見の違うものを排除し、敵と見なすのではないだろうか。また、討論という概念を持たず、相手に自分の意見を押しつけるあるいは反対させないことが討論と思っている節がある。
理論的裏付けは中国人にとって無意味であり、とにかく裏付けを持っての意見交換ができなるかるとあとは言葉の一部を取り出し揚げ足をとり、問題のすり替えをし、オウム返しをし、どんな説明も分からないと言い張り、最後に罵倒と人格攻撃に移る。
それでも自分に同調しない相手をおそらく敵と分類するのだろう。
これはこのような人間が中国にはたまたま多いというより民族性なのだろう。中国政府のやり方が正にその通りなのだ。
中国は56の民族から成る多民族国家だが、95%以上は漢族が占めるという。しかし、漢族とは、前漢が成立した折劉邦が属していた一族であり、中国では極々少数派だった。それが2000年ほどで、13億人の95%まで増えるとは考えられない。結局は同化という手段で漢族が増えたと言うことだろう。他民族にしても同化しなければ弾圧されたと言うことだ。
こうやって中国の民族性は形作られてきたのだろうし、これなりに善悪の基準も出来、当然殆どの人間は善人だろう。社会が成り立つためには、反社会的な人間は少数派でなければならない。
民族とは同じ価値観を共有する集団だから、つまり漢民族と価値観を共有することで他民族は生き延びてきた。彼等の気持ちも分かろうというものだが、それを外国にまで押しつけられてはかなわない。
日本人の場合、仮に意見の対立があっても相手がそれなりに考え、根拠を探り、自分の価値観で結果を出していることを評価し、尊重出来る。意見の対立は相手への評価を下げるものではない。
多種多様の意見をすりあわせて社会を作ることで日本は発展してきた。多種多様の意見を強制的にまとめ上げなければ社会が出来ない中国では独裁しかあり得ないと言うことだろう。
一度問題が発生してそれが一般化してしまうと、異を唱えて修正する仕組みが中国にはない。むしろ、その問題を肯定した方が楽だからだ。つまり、対話の出来ない中国で、山積する問題を自浄作用で解決することは無理なのだと思う。
百家争鳴は中共政府のスローガンだったが、現実に異を唱えた知識人は文革であぶり出され抹殺された。
これでは、問題を自ら正そうとする人間がでてこないのも無理はない。
私個人の限られた経験の範囲だが、そのような傾向は見られる。日本人にもあるが、印象としてそのような日本人はごく一部の個人的な要素であるのに対し、中国人では大半がそうだと思える。
大半とは、必ずしもそうではないと思える相手がたまにいると思えるからだ。
中国人との対話が出来ない理由は単純で、相手が敵か味方かを、価値観が同じか違うかで分けてしまうことにあるようだ。
このトピや関連トピにおいて中国人同士で意見の対立という現象が全くない。中国人同士の言い合いをBBSで見たことがある人がいるだろうか。日本人同士ではごく普通にあるのに。
これは民族性、社会のあり方の違いによるものと思われるが、中国人は自分と意見の違うものを排除し、敵と見なすのではないだろうか。また、討論という概念を持たず、相手に自分の意見を押しつけるあるいは反対させないことが討論と思っている節がある。
理論的裏付けは中国人にとって無意味であり、とにかく裏付けを持っての意見交換ができなるかるとあとは言葉の一部を取り出し揚げ足をとり、問題のすり替えをし、オウム返しをし、どんな説明も分からないと言い張り、最後に罵倒と人格攻撃に移る。
それでも自分に同調しない相手をおそらく敵と分類するのだろう。
これはこのような人間が中国にはたまたま多いというより民族性なのだろう。中国政府のやり方が正にその通りなのだ。
中国は56の民族から成る多民族国家だが、95%以上は漢族が占めるという。しかし、漢族とは、前漢が成立した折劉邦が属していた一族であり、中国では極々少数派だった。それが2000年ほどで、13億人の95%まで増えるとは考えられない。結局は同化という手段で漢族が増えたと言うことだろう。他民族にしても同化しなければ弾圧されたと言うことだ。
こうやって中国の民族性は形作られてきたのだろうし、これなりに善悪の基準も出来、当然殆どの人間は善人だろう。社会が成り立つためには、反社会的な人間は少数派でなければならない。
民族とは同じ価値観を共有する集団だから、つまり漢民族と価値観を共有することで他民族は生き延びてきた。彼等の気持ちも分かろうというものだが、それを外国にまで押しつけられてはかなわない。
日本人の場合、仮に意見の対立があっても相手がそれなりに考え、根拠を探り、自分の価値観で結果を出していることを評価し、尊重出来る。意見の対立は相手への評価を下げるものではない。
多種多様の意見をすりあわせて社会を作ることで日本は発展してきた。多種多様の意見を強制的にまとめ上げなければ社会が出来ない中国では独裁しかあり得ないと言うことだろう。
一度問題が発生してそれが一般化してしまうと、異を唱えて修正する仕組みが中国にはない。むしろ、その問題を肯定した方が楽だからだ。つまり、対話の出来ない中国で、山積する問題を自浄作用で解決することは無理なのだと思う。
百家争鳴は中共政府のスローガンだったが、現実に異を唱えた知識人は文革であぶり出され抹殺された。
これでは、問題を自ら正そうとする人間がでてこないのも無理はない。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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