相対化が日本に於ける諸悪の根源
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2005/07/13 14:09 投稿番号: [38993 / 66577]
理想を言えば暴力は無いにこした事は無い。
が、価値観が異なる以上争いは避けられず、むしろそれを抑制するためにも「住み分ける」単位は必要かと。
さらにヒトは個々人では生きられないので、集団化も必須。
もうこの先、「国」という単位での住み分けはやめられないでしょうね。
国があるから悪いんだ、みたいな議論は、現実的でない。
ボーダレスで、平等で、自由だからこそ価値観が多様化し、だからこそ「住み分け区分」たる「国」が重要なんです。
「国」に至らない集団もあるでしょう。
しかし、集団にはその規模なりの運営維持方法があります。どこかの国、政治地理的には内包されたとしても、です。
そしてその「内包のされ方」が理不尽であるなら、抗議すべきは内包している政府に対してであり、その手段は必要でしょう。
なのでワタクシは、民族自治や暴政に対する抗議手段としての「テロ」は、許されるとは言わないが情状酌量の余地ありと考えます。
「テロリズム=暴力主義」ではあるが、レジスタンス=抵抗である、と。
さて顧みて、911の連中はどうでしょうか?
「先祖伝来民族として当然住んでいる土地」で「圧政に苦しみ」、反抗したのですか?
アメリカは、砂漠の民を直接悪辣な商業主義のもと蹂躙搾取したのですか?
裏の陰謀はさておき、宗派同士の争いが過激なのはイスラム自身やアラブ諸国の国家民族間の対立の問題であり、そこにエネルギーを依存せざるを得ない国家が自国に都合いいように何らかの介入をする事は責められる事でしょうか?
その「介入」を受け入れた主体はなんでしょう?
アラブ諸国のいずれか、ですよね。
したがって、その介入によって何らかの被害損害を受けたなら、まず「自国側」の政府をどうにかするべきであり、そこに参加資格が無いならその点から行動すべきであり、介入したアメリカに対して暴力を行使するのは飛び越え過ぎと思われます。
彼らは、やるべき努力をせずに、国を飛び越え=国という後ろ盾を捨てて、他国への暴力に走った訳です。
さてもう一つの見方。
湾岸戦争以降のお話。
これもまた裏の話はさておき、フセインの暴政を国際社会が見かねたという図式でした。
フセイン側にも言い分はあろうかと思います。
しかし、傀儡とは言われるがある土地にその地ゆかりの民族を据え国を樹立させ石油確保に有利に状況を整えた米英(だったっけ?)がその過程に於いて残虐で極悪非道な許されざる手段をとったでしょうか?ずるいかもしれないが、少なくとも「民族を搾取・虐殺」などはしていないはず。
また、「先進国」が中近東で求めるのはエネルギー資源であり、現地住民の生活を圧迫するような搾取は必要ない。現地人の手掘りで石油はとれるのか?
フセインの隣国侵攻は大義名分の皆無な資源略奪と評されても仕方ない。
それにより資源確保に危機をおぼえた先進国が公式に押さえに回ったのが「湾岸戦争」。
このときかわした条約を遵守しないフセインに対して再度行われた力の行使が先日のイラク戦争。
(ワタクシはあれは戦争であり、戦後処理はアメリカがきちんと行うべきだと思っております)
武力行使の直接のきっかけが911ではなかったですか?
「陰謀で踊らされた」にせよ、「民族の不満発露」にしても、情状酌量の余地のない愚かな「テロ行為」としか言えないと思いますが。
フセインの息がかかっていたなら国家による侵略破壊行為です。
アメリカの策略に乗ったなら単なる馬鹿です。
民族のためなら見当違いの無益な行為です。
(イスラム信者への印象はいまどうでしょうか?)
戦争の「悪」と、テロリズムの「悪」は、次元も視点も全く違うものなんですよ。
人が死ぬ事と器物が破損する事は同じでも。
このあたりの紛らわしさで故意に相対化するのは日本を腐らせた教育者や論客の常套手段です。
心地よい優しい言葉に踊らされぬよう。
「彼ら」は、相手も手段も間違えています。
でも、ネットで犯行表明できるほど情報能力のある「彼ら」が、そんな間違いをこうまで執拗に繰り返すものか?
正直疑問ではあります(笑)
が、価値観が異なる以上争いは避けられず、むしろそれを抑制するためにも「住み分ける」単位は必要かと。
さらにヒトは個々人では生きられないので、集団化も必須。
もうこの先、「国」という単位での住み分けはやめられないでしょうね。
国があるから悪いんだ、みたいな議論は、現実的でない。
ボーダレスで、平等で、自由だからこそ価値観が多様化し、だからこそ「住み分け区分」たる「国」が重要なんです。
「国」に至らない集団もあるでしょう。
しかし、集団にはその規模なりの運営維持方法があります。どこかの国、政治地理的には内包されたとしても、です。
そしてその「内包のされ方」が理不尽であるなら、抗議すべきは内包している政府に対してであり、その手段は必要でしょう。
なのでワタクシは、民族自治や暴政に対する抗議手段としての「テロ」は、許されるとは言わないが情状酌量の余地ありと考えます。
「テロリズム=暴力主義」ではあるが、レジスタンス=抵抗である、と。
さて顧みて、911の連中はどうでしょうか?
「先祖伝来民族として当然住んでいる土地」で「圧政に苦しみ」、反抗したのですか?
アメリカは、砂漠の民を直接悪辣な商業主義のもと蹂躙搾取したのですか?
裏の陰謀はさておき、宗派同士の争いが過激なのはイスラム自身やアラブ諸国の国家民族間の対立の問題であり、そこにエネルギーを依存せざるを得ない国家が自国に都合いいように何らかの介入をする事は責められる事でしょうか?
その「介入」を受け入れた主体はなんでしょう?
アラブ諸国のいずれか、ですよね。
したがって、その介入によって何らかの被害損害を受けたなら、まず「自国側」の政府をどうにかするべきであり、そこに参加資格が無いならその点から行動すべきであり、介入したアメリカに対して暴力を行使するのは飛び越え過ぎと思われます。
彼らは、やるべき努力をせずに、国を飛び越え=国という後ろ盾を捨てて、他国への暴力に走った訳です。
さてもう一つの見方。
湾岸戦争以降のお話。
これもまた裏の話はさておき、フセインの暴政を国際社会が見かねたという図式でした。
フセイン側にも言い分はあろうかと思います。
しかし、傀儡とは言われるがある土地にその地ゆかりの民族を据え国を樹立させ石油確保に有利に状況を整えた米英(だったっけ?)がその過程に於いて残虐で極悪非道な許されざる手段をとったでしょうか?ずるいかもしれないが、少なくとも「民族を搾取・虐殺」などはしていないはず。
また、「先進国」が中近東で求めるのはエネルギー資源であり、現地住民の生活を圧迫するような搾取は必要ない。現地人の手掘りで石油はとれるのか?
フセインの隣国侵攻は大義名分の皆無な資源略奪と評されても仕方ない。
それにより資源確保に危機をおぼえた先進国が公式に押さえに回ったのが「湾岸戦争」。
このときかわした条約を遵守しないフセインに対して再度行われた力の行使が先日のイラク戦争。
(ワタクシはあれは戦争であり、戦後処理はアメリカがきちんと行うべきだと思っております)
武力行使の直接のきっかけが911ではなかったですか?
「陰謀で踊らされた」にせよ、「民族の不満発露」にしても、情状酌量の余地のない愚かな「テロ行為」としか言えないと思いますが。
フセインの息がかかっていたなら国家による侵略破壊行為です。
アメリカの策略に乗ったなら単なる馬鹿です。
民族のためなら見当違いの無益な行為です。
(イスラム信者への印象はいまどうでしょうか?)
戦争の「悪」と、テロリズムの「悪」は、次元も視点も全く違うものなんですよ。
人が死ぬ事と器物が破損する事は同じでも。
このあたりの紛らわしさで故意に相対化するのは日本を腐らせた教育者や論客の常套手段です。
心地よい優しい言葉に踊らされぬよう。
「彼ら」は、相手も手段も間違えています。
でも、ネットで犯行表明できるほど情報能力のある「彼ら」が、そんな間違いをこうまで執拗に繰り返すものか?
正直疑問ではあります(笑)
これは メッセージ 38987 (tetsuyamaguchi さん)への返信です.
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