何でも反対の脊髄反射
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2005/07/01 09:50 投稿番号: [38242 / 66577]
・・・でしかないですね、天皇の報道に関する噛み付きは。
自由とか民主というと、「大事なもの」やそうでないものまで全部一緒くたにするとしか認識できない。
半島由来のアホどもがどういう反応をするか。
国内の左向き馬鹿がどういう反応をするか。
そしてそれらに邪魔されずなすべき「慰霊」を行うにはどうすればよいか。
そのひとつの答えが今回の「突然(に見える)訪問」であり、「報道はするが映像公開は無し」という形なのではないか?
「慰霊」という神聖かつ崇高な行いに対してまで下らない突っかかりでナニをしたいかよくわからんが、猿がよく言う「天皇を引き合いに出すと釣れる(意訳)」というのは、ジツは自分が天皇という単語に敏感なことの証明じゃないか。
自由で平等な民主主義なのに上下があっておかしいと。
よくある「民主主義」のカンチガイと見える。
立憲君主制と民主主義は矛盾しないのだがなぁ。
天皇の朝鮮人に対する「日本軍人としての」慰霊はやっても批判、やらなくても批判というのは明らか。
それでも「やる」ことが重要だと天皇ご自身も周辺も判断された。
どう考えてもいかに先の戦争に対し熟慮の上行動しているというのはわかるはずなんだが。
それでも言いがかり、いや、「批判」しなければ、気が済まないし、そういう因縁付け、いや、「批判」に頼らざるを得ない寂しい精神構造なんだろう。
命がけなのは果たしてどこの誰か(笑)
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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