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天皇陛下が靖国参拝できないのは

投稿者: suruganoturutarou 投稿日時: 2005/06/07 03:17 投稿番号: [36216 / 66577]



http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/yasukuninennpyou.htm





1975(昭和50)年11月


天皇・皇后両陛下「戦後30年」参拝。(21日)

⇒以後天皇の参拝は行なわれていない。




1978(昭和53)年10月


靖国神社が「東京裁判で処刑された方々を国内法で戦死者と

同じ扱いをすると政府の公文書で通達しているから合祀するのに何の不都合のない」

として東条英機・広田弘毅ら太平洋戦争のA級戦犯14人を、

昭和受難者として密かに合祀(秋季例大祭の前日の17日⇒79年4月19日表面化)。
   






2005年2月6日付読売新聞朝刊【地球を読む】掲載


『   靖国参拝   「大戦」切り離しては?   』    よ   り   抜   粋。



http://www.okazaki-inst.jp/02062005yomiuri.html




>俗説では、天皇が靖国参拝できないのはA級戦犯が祀ってあるからだという。

それに加えて、昭和天皇がA級戦犯の合祀に怒られたという説が

まことしやかに伝えられている。昭和天皇は、戦争責任者は

「昨日まで朕の信頼していた臣僚である」と仰せられて庇われた記録もあり、

ましてその御霊を祀ることに反対されるなどとうてい考えられない。

事実は三木総理が私的参拝と言った結果、天皇参拝の公私の別が議論の対象となって、

行けなくなってしまったのである。A級戦犯の合祀はその後の福田内閣の時であり関係ない。

また中国が靖国参拝に反対しだしたのはA級戦犯合祀以来だというのもウソである。

合祀後、大平、鈴木、それから中曽根内閣の初めの二回の参拝のときは何も問題にしていない。

問題とし出したのは、戦後の総決算を標榜した一九八五年の中曽根総理の参拝以降の話である。<




  ※   『   天皇が靖国参拝できないのは、三木総理が私的参拝と言った結果、

      天皇参拝の公私の別が議論の対象となって、行けなくなってしまったのである。』



  ※   『   A級戦犯の合祀はその後の福田内閣の時であり関係ない。』




【   補   足   】
   
58〜59年の中曽根首相の参拝も問題なく行われてる。

靖国問題は、中曽根総理のときから始まった。A級戦犯14名が合祀されたのは昭和53年であるが、

54年の大平総理、55年と56年の鈴木総理は公式参拝を行った。 その後、58年と59年に

中曽根総理がやはり公式参拝を行ったが、特に政治問題化したということではなかった。

靖国問題が政治問題化したのはその後である。

昭和59年、中曽根総理の「戦後の総決算」という政治姿勢から、靖国懇談会が設けられ、

その報告にしたがい、中曽根総理は、60年に公式参拝を行った。

「戦後の総決算」という政治姿勢に伴った公式参拝に中国共産党政府が反発し

靖国神社参拝に反対するようになった。A級戦犯の合祀と言う反対理由は中国政府の都合のよい

言い訳に過ぎない。日本が先の戦争に一つの区切りをつける事を阻止し、いつまでも戦争をネタに

外交において日本より優位な立場を堅持する事が中国政府の靖国神社への公式参拝反対の理由なのである。

その為に戦時中から現在にいたるまで自国民に誤った情報を与え続け、煽り続けているのである。



   



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