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【 中国共産党のコワい話 】

投稿者: suruganoturutarou 投稿日時: 2005/06/02 01:55 投稿番号: [35734 / 66577]

(一部抜粋)


「大躍進」と称する無謀な産業政策の失敗によりいわば人為的にうみだされた飢餓

(餓死者総数、一説に3,000〜4,500万人)(2,000〜3,000万人という説もある:筆者註)

「文化大革命」という名の大量虐殺(死者総数、一説に2,000万人)(600万人という説もある:筆者註)

「解放」以来チベット・東トルキスタン(新疆)等各地で延々と続く少数民族迫害

(チベットでの死者総数、推定120万人)

中国共産党とその内外のシンパが「反動派による反共デマ宣伝」と一蹴した観測は全て、

おおむね事実に即するものであったことが実証されている。

中国で毛沢東主席が実権を掌握していた1950年から76年の間に、

急進、過激な経済政策の失敗により伝えられるよりはるかに多数の人民が死亡し、

文化大革命の犠牲者などを合わせると死者数は8,000万人にも及ぶことが明らかになった。

17日のワシントン・ポスト紙が報じたもので、毛主席にその責任があると論評している。

同紙は、この数字について中国や西側学者の研究と同紙独自の調査を総合した結果としており、

具体例を挙げて数字の正確さに自信を示している。経済政策の失敗や

文革の犠牲についてはこれまでも研究や報道があったが、大幅に塗り替えられることになる。

同紙によると、死者の多くは「人災」と断定できる飢きんによる犠牲者。

原因のほとんどは大躍進政策を強引に推し進め、西側に追い付こうと

農業生産より工業生産を重視した毛主席の誤りとしている。プリンストン大現代中国研究センターの

陳一諮氏によると安徽省の飢きん(59−61年)では、4,300万人が死亡したという。

中国社会科学院が1989年にまとめた581ページに及ぶ調査資料によると、この飢きんで

『   わが子を殺して食べてしまった   』   例や   『   人肉が商品として取引された   』   例などが

記録されているという。このため中国政府自身がある程度実態を把握しつつあるのではないかとみられる。


産經新聞1994年7月18日付   【ワシントン17日=熊坂隆光】



刑務所や強制収容所から生還した人たちの証言を元にまとめると、

チベット全体で収容者のおよそ7割が死亡している。

たとえば北チベットの荒涼とした高原にあるジャン・ツァラカでは、

5ヶ所の収容所に10,000人以上の囚人が収容され、ホウ砂の採掘と運搬に従事させられていた。

これら収容所から生還した人の話によると、毎日10〜30人が飢えや殴打、

あるいは過労によって死亡し、1年間で8,000人以上が死亡したという。

また、中国が解放軍の仕事だったと主張する、ラサのアチェン水力発電所の建築現場でも、

毎日3、4人の収容者が死亡し、死体が近くの川に投げ捨てられたり、

焼かれたりするのが見られたという。東チベットの例では、1960年〜1962年の間に、

ダルツェド地区の鉛鉱で12,019人の収容者が死亡したと、元収容者のアディ・タペさんは証言している。

チベット亡命政府が収集した情報をまとめると、

1949〜1979年の間に死亡したチベット人は、120万人を下らないという結果になる。




http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/04/post_eb51.html



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