「バンドン会議での主役、尊敬の的」???
投稿者: suruganoturutarou 投稿日時: 2005/05/08 13:35 投稿番号: [33495 / 66577]
>遵守しているからこそ、中国はバンドン会議での主役であり、尊敬の的なんよ。<
は〜 どこの国が主役だって???
どこの国が尊敬の的だって〜???
バンドン会議の精神は、1961(昭和31)年6月に以下の25カ国が参加して
ユーゴスラヴィアのベオグラードで発足した非同盟諸国会議
(Conference of Non-Aligned Nations=2004年11月現在116カ国が加盟)
の運動に引き継がれた(なお、非同盟とは、いかなる軍事ブロック・軍事同盟にも参加しないで、
自主的に外交政策を決定していく政治思想で、第2次世界大戦後,
新興独立諸国の多くがとった外交政策の総称をいい、
その起源はインドのネルー【ネール;1889〜1964。
ガンジーとともにインド独立運動に参加、国民会議派を指導。
1945年イギリスからの独立後の初代首相。アジア・アフリカ会議の中心的指導者でもあったが、
1962年の中印国境紛争でインドが敗北したあとは、その指導的地位が著しく低下し、
64年5月27日に老衰のため死去】首相の外交姿勢に求められている)。<
1.アフガニスタン 2.ビルマ(現ミャンマー)
3.カンボジア 4.セイロン(現スリランカ)
5.インド 6.インドネシア
7.ネパール 8.ガーナ
9.ギニア 10.マリ
11.モロッコ 12.アラブ連合
13.アルジェリア 14.エチオピア
15.ソマリア 16.スーダン
17.イラク 18.サウジアラビア
19.キューバ 20.ユーゴスラヴィア
21.キプロス 22.レバノン
23.チュニジア 24.コンゴ
25.イェーメン
主役は以上の国々
>バンドン会議の「平和10原則」は、1954(昭和29)年6月に
インドと中国が確認し「1.領土・主権の尊重 2.不侵略 3.内政不干渉
4.平等・互恵 5.平和共存」の『平和5原則』を発展させたものであったが、
バンドン会議でみせたAA諸国の連帯は、地域的に近いことと、
かつて植民地支配野屈辱の体験という共通性を持つもの以外に共通認識を乏しかったこととも相まって、
1959(昭和34)年と1962(昭和37)年の中国とインド(中印)国境紛争で破綻した。<
「中国とインド(中印)国境紛争で破綻した。」だって。 自 ら 造 っ て 自 ら 破 綻 。
そりゃ〜 各 国 か ら 尊 敬 さ れ る わ 。
大 笑 い
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/banndonnkaigi.htm
これは メッセージ 33484 (wmbyq010 さん)への返信です.
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