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>柳条湖事件onlyabirdさん

投稿者: proofbygonejapan 投稿日時: 2005/05/05 21:33 投稿番号: [33278 / 66577]
>残念ながら、日本は掛け損して、清政府はすでに風前の灯火で救いようがなく、逆に、中国全国民の敵となった。清政府を再生させることができたら、今の日本と中国は別の関係になっていたのだろう。

これは違いますよ。そうなら孫文を支援などしなかったはずです。孫文達がどれだけ日本の援助を受けていたか教わりましかた?   もしくは情報を得ていますか?


>今は、親日、新仏、対米、ロ、英中立になったのです。

ありがたいことです。

また、満州国建国を理解して頂けると夢にも思っていませんでした。日本はソ連にビクビクしすぎたのかもしれませんが、当時の圧力は創造できないほどあったのかもしれません。

>問題は、柳条湖事件から以降です。中国歴史教科書の中でも、日中関係悪化、交戦はそれを切れ目としているのです。それ以降は日本の中国侵略が本格になって交戦状態になった。

柳条湖事件は日本軍、特に関東軍の思い上がりが招いた最悪の結果だと思います。この点から言えば、軍国主義だったのでしょう。
また、清国が 1931年9月に国際連盟理事会に提訴していますが、その決議は惨憺たるものでしたね。この時点で明確に日本軍の蛮行を決議していれば・・・と思います。
同時に張作霖と張学良の行動にも問題があります。わざわざ日本との戦争を望んだような行動であり、特に日本の力を相殺する目的で共産に傾いた張学良によって決定的に全面戦争の筋道が敷かれたと思います。日本は公私にわたって張学良を支援したいましたから。


1905年、日本は日露戦争で勝利し、旅順、大連の租借権と長春〜旅順間の鉄道及び支線や付属設備の権利・財産を清国政府の承諾を以って日本政府に移転譲渡する日露講和条約が締結された(南満州鉄道会社(満鉄)創設)。

1928年に、関東軍は張作霖が乗る列車を爆破殺害した(張作霖爆殺事件)。

張学良
張作霖の後を継いだ息子の張学良、南満州鉄道のすぐ横に新しい鉄道路線などを建設し、安価な輸送単価で南満州鉄道を経営危機に至らしめた。

1931年9月18日の夜22時過ぎ、柳条湖事件勃発。9月24日、日本の閣議では「事態をこれ以上拡大しない方針」が決定したが、張学良は錦州に多数の兵力を集結させていることを危惧した関東軍が暴走。

見解は違いますが、私は中国を侵略したとは考えていません。上記のような歴史の流れをみていると、侵略の意図が見えないからです。中国を侵略しても日本にとっての利益がないからです。

仮に、日本が中国を侵略するとしたら、何が目的でしょうか?   リスクに見合った利益があったのでしょうか?
利益がないからリスクを負いたくなかった・・・、それが日本政府の戦争非拡大方針(閣議決定)だったはずです。
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