何が問題か
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2005/05/01 22:30 投稿番号: [32940 / 66577]
>あの時代を証言する日本人は少ない。
あの当時日本にもさまざまな問題があったことは多くの人が認めており、だからこそその反省から今の日本になったと前にも書いた。今の日本が万全とは言わないが、戦前戦中よりも言論の自由や基本的人権が尊重されていることに異論はないだろう。
>だからその人たちの意見を、一旦受け容れてそこから、戦後の日本人の平和国家が生まれたとしないと、辻褄が合わなくなってしまうんだ。
聞くことはしても受け入れるにはやはり検証が要る。感情だけで受け入れるわけには行かない。
日本ではちゃんと彼等にも発言の場を与えているよ。それを信ずるかどうかは聞く個人に任されているが、だからこそ聞く方は感情移入をするだけではなく、信ずるに足るかどうかを確認する義務がある。
情報に自由に接することが出来る立場の人間の義務だよ。
このトピは中国問題であり、元記事のような書き方をされれば中国が問題にしている全ての責任は日本にあるという言い分そのままと受け止められても仕方がないだろう。
中国の卑怯な点は、捏造した情報を国民に与え国民に反日感情を植え付け、それをもって中共政府への不満をかわしていることだ。
およそ近代国家と言える国々では裁判は証拠主義をとっている。証拠が存在しなければいかに疑わしくとも犯罪は無かったとする。これにより犯罪者が罰を逃れるマイナスより、無実の者が罰を得るマイナスの方が大きいと考えるからだ。
従軍慰安婦、731部隊、南京虐殺などなど中国側から日本に対して認めろと言われているさまざまな事柄につき、じつに都合良く出てくる証言や証人、写真など殆ど証明されていないものばかりだ。証明されていないから無かったという事も言えないだろうから、後世の人に解明を任せよう、また、第三者を交えて客観的な証拠を積み上げ検証しようと言っても中国側が一切受け付けていない。
中国人が例えば教科書や靖国で心を傷付けられていると言うのは事実なのかも知れない。しかし、それは歴史の検証の結果ではなく、一方的な教育、反日プロパガンダによる物なのだ。
わたしも戦前戦中にさまざまな事があったと読んだり聞いたりしただけだ。生まれても居なかったし、一時は日本が一方的にアジアを侵略し暴虐の限りを尽くしたのだと思っていた。
ただ、成長し自分で資料にふれ、自分で考える能力が付いて来るに従い、物事は一方的には見られない事に気づいた。日本ではいかに日本に不利なことでも情報を得ることが出来る。しかし、中国や韓国からは自国に不利な情報が一切発信されることはなく、たまに内部告発をする者が居るとたちまち社会的に抹殺され場合によっては本当に抹殺されている。
その状況だけでも日本とかの国々の主張のどちらが正しいかを判断出来るのではないか?
わたしは何も日本が全て正しいとは言っていない。しかし、中韓朝の言うことが正しいとは全く思えない。
>信憑性やら、証拠なんて言われると、人間がちっこくなったような気がする。
自分でそんな感想を持つに至ったことを危険だと思わないか?情緒や感情を無視して良いとは言わないが、かりに元記事の内容を信じたとして、そのためにあなたが日本軍や当時の日本人達をせめたり軽蔑したりしたとして、それが間違いだった場合あなたは大変な罪を犯していることになる。
あなた個人が何を信ずるのもかまわないが、それを他人に押しつけないでくれ。信じたくなくともそれが事実なのだ、のような言い方はするべきではない。
もし言うなら、客観的な証拠を挙げるべきだ。それに対して反論が寄せられれば再反論や自分の考えの再検討もできる。その結果、自分の考えが間違っていると気づくことも出来る。間違いを認め考えを改めることは決してみっともないことでも情けないことでもない。成長のためには必要なことだ。
言論の自由とはそれが出来ることだ。
あの当時日本にもさまざまな問題があったことは多くの人が認めており、だからこそその反省から今の日本になったと前にも書いた。今の日本が万全とは言わないが、戦前戦中よりも言論の自由や基本的人権が尊重されていることに異論はないだろう。
>だからその人たちの意見を、一旦受け容れてそこから、戦後の日本人の平和国家が生まれたとしないと、辻褄が合わなくなってしまうんだ。
聞くことはしても受け入れるにはやはり検証が要る。感情だけで受け入れるわけには行かない。
日本ではちゃんと彼等にも発言の場を与えているよ。それを信ずるかどうかは聞く個人に任されているが、だからこそ聞く方は感情移入をするだけではなく、信ずるに足るかどうかを確認する義務がある。
情報に自由に接することが出来る立場の人間の義務だよ。
このトピは中国問題であり、元記事のような書き方をされれば中国が問題にしている全ての責任は日本にあるという言い分そのままと受け止められても仕方がないだろう。
中国の卑怯な点は、捏造した情報を国民に与え国民に反日感情を植え付け、それをもって中共政府への不満をかわしていることだ。
およそ近代国家と言える国々では裁判は証拠主義をとっている。証拠が存在しなければいかに疑わしくとも犯罪は無かったとする。これにより犯罪者が罰を逃れるマイナスより、無実の者が罰を得るマイナスの方が大きいと考えるからだ。
従軍慰安婦、731部隊、南京虐殺などなど中国側から日本に対して認めろと言われているさまざまな事柄につき、じつに都合良く出てくる証言や証人、写真など殆ど証明されていないものばかりだ。証明されていないから無かったという事も言えないだろうから、後世の人に解明を任せよう、また、第三者を交えて客観的な証拠を積み上げ検証しようと言っても中国側が一切受け付けていない。
中国人が例えば教科書や靖国で心を傷付けられていると言うのは事実なのかも知れない。しかし、それは歴史の検証の結果ではなく、一方的な教育、反日プロパガンダによる物なのだ。
わたしも戦前戦中にさまざまな事があったと読んだり聞いたりしただけだ。生まれても居なかったし、一時は日本が一方的にアジアを侵略し暴虐の限りを尽くしたのだと思っていた。
ただ、成長し自分で資料にふれ、自分で考える能力が付いて来るに従い、物事は一方的には見られない事に気づいた。日本ではいかに日本に不利なことでも情報を得ることが出来る。しかし、中国や韓国からは自国に不利な情報が一切発信されることはなく、たまに内部告発をする者が居るとたちまち社会的に抹殺され場合によっては本当に抹殺されている。
その状況だけでも日本とかの国々の主張のどちらが正しいかを判断出来るのではないか?
わたしは何も日本が全て正しいとは言っていない。しかし、中韓朝の言うことが正しいとは全く思えない。
>信憑性やら、証拠なんて言われると、人間がちっこくなったような気がする。
自分でそんな感想を持つに至ったことを危険だと思わないか?情緒や感情を無視して良いとは言わないが、かりに元記事の内容を信じたとして、そのためにあなたが日本軍や当時の日本人達をせめたり軽蔑したりしたとして、それが間違いだった場合あなたは大変な罪を犯していることになる。
あなた個人が何を信ずるのもかまわないが、それを他人に押しつけないでくれ。信じたくなくともそれが事実なのだ、のような言い方はするべきではない。
もし言うなら、客観的な証拠を挙げるべきだ。それに対して反論が寄せられれば再反論や自分の考えの再検討もできる。その結果、自分の考えが間違っていると気づくことも出来る。間違いを認め考えを改めることは決してみっともないことでも情けないことでもない。成長のためには必要なことだ。
言論の自由とはそれが出来ることだ。
これは メッセージ 32934 (gyu456jp さん)への返信です.
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