kitaguninosaru1が陛下のことを云々言うが
投稿者: batsumberfarmer 投稿日時: 2005/04/28 19:16 投稿番号: [32585 / 66577]
お前に、とやかく言われる筋合いは無い。
日本人にとって、天皇とは、個人崇拝主義上の概念ではなく、天皇制という日本独自の社会観にある。
人間は対外的環境に対して順応するし、さらに人間意識において環境に変化を与えて行こうとする意識作用が高度に発達している。そして個人から始まる人間社会も、異性に対する働きかけを持ち、最初の複数人としての社会の基本的姿なのである。これが家族血縁社会を作りだし、そのことは他の動物の本質的繋がりではなく、自覚的繋がりなのである。この基本社会の家族が部族、国家まで進んだ。其の家族構成原理は、自己の利害を出発として始まったものではなく、血統的故に、階級的平等や、利害上の自由ではなく、純粋に無我の愛敬を其の根底としている。
人間は物質運動の法則と異なる運動法則をもち、単なる物理学上の規則運動ではなく、生命体としての要求であるところの自我の保持拡大、無条件的な生存意欲、生命そのものを体現把握することで、社会生活を営む集団共同体として生活するものなのである。
生命結合体系としての家にも血縁中枢の親があり、私心なく、全く公的な、人民の為のみに心を砕く、民族中枢の主体たる天皇を永き2千有余年の間維持し、日本民族全体が天皇を中心とする大血縁の純粋理想の統一社会を、一片の人為構想も無く形成した。
神武天皇即位時に、国民に向けて次のように統治宣言をした。
「積慶」慶びを積み(国民がご飯が食べられますように)
「重輝」輝を重ね(生きがいを持った生活が出来ますように)
「養正」正しき道を養わんがために
【日本書記】
日本の天皇は、上記のことで、支那の皇帝と正反対である。
日本の天皇は、統治。
支那の皇帝は、支配。
違いはここである。
天皇は、民族血統社会の中枢で有る事実と共に、民族生命結合の精神的自覚の統一体現者なのだよ。
象徴とはこういうこと。
これは メッセージ 32557 (kitaguninosaru1 さん)への返信です.
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