だからそれを「神話」だと言ったわけ
投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2003/12/02 12:07 投稿番号: [2951 / 66577]
思えば面白いことでしたが、これは出版当時、もう読みました。案外若かった作者にびっくりした。今は慶応にいる。
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時には「単一民族」、時には「多民族」という風に変わっていく歴史的論調です。それは其のとき其の時の政治的状況に合せて進行していた。日本文化論もそれに従って曲線を描いていたわけ。
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中国の場合、歴史上同じような行動に出たわけ。純粋の漢民族なんて、ありえない。明確にも見られる南の、西北、東南の各地にいる人人、漢民族と言ったら、真っ赤の嘘。西安辺りは昔の長安なんだけど、秦漢の時代、漢民族文化の本場、中華民族の祖先「黄帝」に生息地等々、言われているけれど、実際数多くの少数民族が住んでいた。儒学の「四書五経」の『詩経』、その中にどのぐらい異民族の歌が入っていたでしょう。中国の神話もそうです。多くは少数民族のものが中原地方に入ってから、変種したわけ。七夕、日本伝来後、それをずっと漢民族の神話伝説と見られてきたが、果たしてそうかな?
私は、多くの少数民族の自治権、文化保全策に力を入れなければならないと思います。漢民族と一緒にして自分の文化、風習を
失うのは、或は喪失させるのは、真っ平御免。その分、責任を持てない漢民族は罪。
これは メッセージ 2947 (gogai3000 さん)への返信です.
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