>情報:軽工業事業主 ラオスに注目
投稿者: hiroshige_jp 投稿日時: 2005/04/14 02:50 投稿番号: [28967 / 66577]
私は仕事や旅行でインドシナ半島には何度も行っているし
住んでいたこともある。
ラオスには長期間住んだことはないが、7回ほど訪問し
合計60日間くらい滞在したことはある。
ラオスは先進国から見れば非常に貧しい国だ。
首都のビエンチャンは比較的ましだが、それ以外のところは
非常に貧弱な社会的インフラに驚かされる。
雨季になると道路が寸断なんてザラにあるし、停電もある。
その貧しいラオスの輸出の主力は電気だ。
国土の大半が山岳地帯なので水力発電で得た電力の大半を
お隣のタイへ輸出している。
電気を売る以外に外貨を稼ぐ方法がない。
自国の電気を止めてまでタイへ売っている、悲しい話だ。
タイの東北部(イサーン地方)とラオスはメコン川を挟んで
対峙している、メコン川が国境線。
メコン川の岸辺に立つとたくさんの送電線を見ることができる。
その電気を受け取るタイ東北部はタイ国内でも非常に貧しい地域だ。
昔ほどではないにしても、今でも現金収入を得るために多くの若い娘達が
バンコクなど都会に出て働いている。
イサーンが実家という売春で稼いでいる女性が非常に多い。
このタイのイサーンは地理的にもラオスと近いので、イサーンで
話されるタイ語方言とラオス語が非常に似ている。
夜、タイ側からメコン川越しにラオス側を見ると本当に暗い
ほとんど明かりが見えない。
昔はイサーンも今のラオス同様、ほどんど電気もなく夜になると
真っ暗だったそうだ、今から15年ほど前の話。
反対に夜、ラオス側から川越しにタイのイサーンを見ると非常に明るい。
川沿いにあるレストランとかオープンカフェ、そして川沿いの
遊歩道にある照明が本当に輝いて見える。
15年で何が変わったのか、それは現金が必要になったこと。
それまではテレビもバイクもなくタイの田舎で自給自足の生活をしていたから
現金などほとんど必要なかった。
しかし日本などが現地に工場を作り、電化製品、バイク、衣料品などを
安い人件費で大量生産を始めた。
出稼ぎに行っている人達の口コミとかテレビのCMで田舎の人達がそれを知り
そしてバンコクあたりでお金を稼いできた人達が製品を田舎に持ち込んだ。
バイクを買えばガソリン代がいる、蛍光灯やテレビを買えば電気代がいる、
テレビCMを見ればファッションなどにもお金がかかる。
今までほとんど現金が必要なかった人達も現金を必要とするようになった。
しかし働く場所は田舎にはない、丸1日農作業してもビールとタバコが買える程度。
タイには貧しい小作農が今でもたくさんいる。
結局は娘達が必要な現金を得るためにバンコクで働くことになる。
明日のことは考えない、見栄っ張りというタイ人の国民性もあるが。
今のラオスはタイと違い、風俗産業が非常に少ない、現金がなくても
生活ができるから嫌な売春などする必要がないからだ。
それが今のタイ・イサーン地方と川向こうのラオスの違い。
日経ビジネスに紹介されているように、これから企業が進出する可能性もあるが
その時は、いったいラオスはどうなるのだろう。
文化的な生活をしている日本人のわがままと言われるかもしれないが
ほとんど現金を得るチャンスがないラオス人達は、隣近所のどこかの家で
便利な電化製品、工業製品を買ったら、自分も欲しいとは思わないのだろうか。
ついでにラオスの南にあるカンボジアには昔から売春などはなかった。
しかし先進国の人間が(ポルポト壊滅以後)国連平和維持軍や旅行者が
来るようになってから現金を得るために売春が始まったという事実がある。
自衛隊がPKOで派遣されたタケオには、すぐに売春宿がたくさんできた。
カンボジアのお偉ら方と華僑が組んで、主にベトナムの田舎から少女を
集めた、もちろんカンボジアの少女もいた。
これって日本の新聞に出てたかな、出すはずないか。
もちろん自衛隊だけじゃない、世界中から派遣された軍隊のところには
たくさんの売春宿が出来た。
日経ビジネスの記事を読んで、ちょっと複雑な心境だ。
住んでいたこともある。
ラオスには長期間住んだことはないが、7回ほど訪問し
合計60日間くらい滞在したことはある。
ラオスは先進国から見れば非常に貧しい国だ。
首都のビエンチャンは比較的ましだが、それ以外のところは
非常に貧弱な社会的インフラに驚かされる。
雨季になると道路が寸断なんてザラにあるし、停電もある。
その貧しいラオスの輸出の主力は電気だ。
国土の大半が山岳地帯なので水力発電で得た電力の大半を
お隣のタイへ輸出している。
電気を売る以外に外貨を稼ぐ方法がない。
自国の電気を止めてまでタイへ売っている、悲しい話だ。
タイの東北部(イサーン地方)とラオスはメコン川を挟んで
対峙している、メコン川が国境線。
メコン川の岸辺に立つとたくさんの送電線を見ることができる。
その電気を受け取るタイ東北部はタイ国内でも非常に貧しい地域だ。
昔ほどではないにしても、今でも現金収入を得るために多くの若い娘達が
バンコクなど都会に出て働いている。
イサーンが実家という売春で稼いでいる女性が非常に多い。
このタイのイサーンは地理的にもラオスと近いので、イサーンで
話されるタイ語方言とラオス語が非常に似ている。
夜、タイ側からメコン川越しにラオス側を見ると本当に暗い
ほとんど明かりが見えない。
昔はイサーンも今のラオス同様、ほどんど電気もなく夜になると
真っ暗だったそうだ、今から15年ほど前の話。
反対に夜、ラオス側から川越しにタイのイサーンを見ると非常に明るい。
川沿いにあるレストランとかオープンカフェ、そして川沿いの
遊歩道にある照明が本当に輝いて見える。
15年で何が変わったのか、それは現金が必要になったこと。
それまではテレビもバイクもなくタイの田舎で自給自足の生活をしていたから
現金などほとんど必要なかった。
しかし日本などが現地に工場を作り、電化製品、バイク、衣料品などを
安い人件費で大量生産を始めた。
出稼ぎに行っている人達の口コミとかテレビのCMで田舎の人達がそれを知り
そしてバンコクあたりでお金を稼いできた人達が製品を田舎に持ち込んだ。
バイクを買えばガソリン代がいる、蛍光灯やテレビを買えば電気代がいる、
テレビCMを見ればファッションなどにもお金がかかる。
今までほとんど現金が必要なかった人達も現金を必要とするようになった。
しかし働く場所は田舎にはない、丸1日農作業してもビールとタバコが買える程度。
タイには貧しい小作農が今でもたくさんいる。
結局は娘達が必要な現金を得るためにバンコクで働くことになる。
明日のことは考えない、見栄っ張りというタイ人の国民性もあるが。
今のラオスはタイと違い、風俗産業が非常に少ない、現金がなくても
生活ができるから嫌な売春などする必要がないからだ。
それが今のタイ・イサーン地方と川向こうのラオスの違い。
日経ビジネスに紹介されているように、これから企業が進出する可能性もあるが
その時は、いったいラオスはどうなるのだろう。
文化的な生活をしている日本人のわがままと言われるかもしれないが
ほとんど現金を得るチャンスがないラオス人達は、隣近所のどこかの家で
便利な電化製品、工業製品を買ったら、自分も欲しいとは思わないのだろうか。
ついでにラオスの南にあるカンボジアには昔から売春などはなかった。
しかし先進国の人間が(ポルポト壊滅以後)国連平和維持軍や旅行者が
来るようになってから現金を得るために売春が始まったという事実がある。
自衛隊がPKOで派遣されたタケオには、すぐに売春宿がたくさんできた。
カンボジアのお偉ら方と華僑が組んで、主にベトナムの田舎から少女を
集めた、もちろんカンボジアの少女もいた。
これって日本の新聞に出てたかな、出すはずないか。
もちろん自衛隊だけじゃない、世界中から派遣された軍隊のところには
たくさんの売春宿が出来た。
日経ビジネスの記事を読んで、ちょっと複雑な心境だ。
これは メッセージ 28954 (youjiarisa さん)への返信です.
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