>真っ赤な嘘<・・・?
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2005/04/13 09:16 投稿番号: [28676 / 66577]
>真っ赤な嘘でしょう?<
証拠は?
本来は教科書の内容に「検定」が入ること自体が「政府の干渉」であり、無いほうがよいこと。
かといって私企業の思惑を公的な教育に持ち込むわけにも行かず、公的な教育を全廃するわけにも行かず、その折衷として「私企業が作成した教科書を公的教育機関が採用にふさわしい形にすり合わせる」教科書検定の制度が運用されている。
「国土」の範囲は国際法に基づき明示するべきなので、今回の検定での指摘〜改訂はまさに公平かつ妥当な事例。
歴史認識などについては今回特に言及は無かったはず。
さらに言えば、教科書採択の最終権限は各学校(自治体?)にある。
要は「選べる・選ばれる」ということ。
日本が歴史を「見直す」ことが気に食わないだけでしょ?
イギリスのなんとかいう将軍だかが東京裁判否定のコメントを出したり、ボルトン某も日本の言い分に説得力(常任理事国就任に対し)と言ったり、ここで日本が資料や史実に基づき自らの立場を「正当に」主張すれば、東京裁判とそれに伴う歴史観が絶対性を失い、「抗日」の正当性も失われる、と。
当時として当然の(裁かれるべきでない)「自国権益確保・安全保障の必要からの開戦、他地域への軍事侵攻」を極悪な「侵略」残虐な「虐殺」にしないとまずいのは、「抗日」を「正義」にするためでしょ?
日本は「仮に」「侵略だった」としても、当時の状況から「止むを得ない」政治選択として充分な申し開きができる。
「侵略」が認定されなければなおのこと。
個別の悲劇的行為が事実としても、これを国全体の、指導者の責任の「国家犯罪」とするには、何度も言うが無理がある。
まして、「虐殺」と認定してきた証拠の信憑性や妥当性が否定されつつあるのに、「虐殺をしたから日本が悪」「「虐殺をしたから侵略」などと言うのは犬が自分の尻尾をくわえて走るようなもの。
よって
>日本軍国主義の罪を逃がさせ<ようにももともとの「罪」が不確定。
>侵略を美化し、挙句の果てに侵略が良いことであったと公然と吹聴している<
と言っても侵略かどうかも不確定、むしろ普通の「開戦」当然の権益確保行動であり、公然と吹聴するコトの不当性の根拠は無い。
>人類の正義と良知への挑発である<というのも理論の飛躍。そもそも日本の戦争が「悪事」であったことが否定されつつあるのだから、この見直しを図る当然の行為を阻む中国政府の圧力こそ「人類の正義と良知への挑発である」。
>他のアジア被害国人民<とは何処と何処ですか?(笑)「asean+1の『1』は日本」という発言を聞いてないですか?
>日本の右翼勢力<というが、根拠は?普通に文化的事業を行っている普通の出版社ですが扶桑社は。
「愛国心」だからデモを傍観する警察や政府が他国の「愛国心」あふれる私企業を揶揄するのは筋違いですしダブルスタンダードです。
サッカーの時、反政府デモは盛大に鎮圧し、善意の外国人があつまる試合会場の警備や鎮圧が疎かだったのは記憶に新しい。
これは「デモ行為」という危険な行動自体は罪として不問であり、政府に対し都合がどうかというきわめて政治的な、政府の主体的な判断があることの証明。
よって、「民意」云々は全く説得力なく、むしろ
「民意」「愛国心」だから「許される」と公に言うなら、日本の教科書の内容についても「国土が不確定な表記を正すよう勧告したが、民意の表れとして各社が持ってきたのがこの教科書。民意なので口が挟めない」「愛国心あふれる表記の改ざんをこれ以上変えさせられない」
とでも言えば全く反論は不可だが。
この程度もわからないか?
証拠は?
本来は教科書の内容に「検定」が入ること自体が「政府の干渉」であり、無いほうがよいこと。
かといって私企業の思惑を公的な教育に持ち込むわけにも行かず、公的な教育を全廃するわけにも行かず、その折衷として「私企業が作成した教科書を公的教育機関が採用にふさわしい形にすり合わせる」教科書検定の制度が運用されている。
「国土」の範囲は国際法に基づき明示するべきなので、今回の検定での指摘〜改訂はまさに公平かつ妥当な事例。
歴史認識などについては今回特に言及は無かったはず。
さらに言えば、教科書採択の最終権限は各学校(自治体?)にある。
要は「選べる・選ばれる」ということ。
日本が歴史を「見直す」ことが気に食わないだけでしょ?
イギリスのなんとかいう将軍だかが東京裁判否定のコメントを出したり、ボルトン某も日本の言い分に説得力(常任理事国就任に対し)と言ったり、ここで日本が資料や史実に基づき自らの立場を「正当に」主張すれば、東京裁判とそれに伴う歴史観が絶対性を失い、「抗日」の正当性も失われる、と。
当時として当然の(裁かれるべきでない)「自国権益確保・安全保障の必要からの開戦、他地域への軍事侵攻」を極悪な「侵略」残虐な「虐殺」にしないとまずいのは、「抗日」を「正義」にするためでしょ?
日本は「仮に」「侵略だった」としても、当時の状況から「止むを得ない」政治選択として充分な申し開きができる。
「侵略」が認定されなければなおのこと。
個別の悲劇的行為が事実としても、これを国全体の、指導者の責任の「国家犯罪」とするには、何度も言うが無理がある。
まして、「虐殺」と認定してきた証拠の信憑性や妥当性が否定されつつあるのに、「虐殺をしたから日本が悪」「「虐殺をしたから侵略」などと言うのは犬が自分の尻尾をくわえて走るようなもの。
よって
>日本軍国主義の罪を逃がさせ<ようにももともとの「罪」が不確定。
>侵略を美化し、挙句の果てに侵略が良いことであったと公然と吹聴している<
と言っても侵略かどうかも不確定、むしろ普通の「開戦」当然の権益確保行動であり、公然と吹聴するコトの不当性の根拠は無い。
>人類の正義と良知への挑発である<というのも理論の飛躍。そもそも日本の戦争が「悪事」であったことが否定されつつあるのだから、この見直しを図る当然の行為を阻む中国政府の圧力こそ「人類の正義と良知への挑発である」。
>他のアジア被害国人民<とは何処と何処ですか?(笑)「asean+1の『1』は日本」という発言を聞いてないですか?
>日本の右翼勢力<というが、根拠は?普通に文化的事業を行っている普通の出版社ですが扶桑社は。
「愛国心」だからデモを傍観する警察や政府が他国の「愛国心」あふれる私企業を揶揄するのは筋違いですしダブルスタンダードです。
サッカーの時、反政府デモは盛大に鎮圧し、善意の外国人があつまる試合会場の警備や鎮圧が疎かだったのは記憶に新しい。
これは「デモ行為」という危険な行動自体は罪として不問であり、政府に対し都合がどうかというきわめて政治的な、政府の主体的な判断があることの証明。
よって、「民意」云々は全く説得力なく、むしろ
「民意」「愛国心」だから「許される」と公に言うなら、日本の教科書の内容についても「国土が不確定な表記を正すよう勧告したが、民意の表れとして各社が持ってきたのがこの教科書。民意なので口が挟めない」「愛国心あふれる表記の改ざんをこれ以上変えさせられない」
とでも言えば全く反論は不可だが。
この程度もわからないか?
これは メッセージ 28469 (jm_s1960 さん)への返信です.
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