れ:③>れ:>れ: >その③
投稿者: kon_do_i 投稿日時: 2005/03/07 20:58 投稿番号: [25621 / 66577]
>日本は、東北三省を満州国にし、何故、連合軍から離脱したのか?
その理由が何であるかいえるか?<
日露戦争におき、ロシアに勝利した結果、明治38年ポーツマス講和条約により、ロシアより旅順・大連及び南満州における、南満州鉄道とその付属地における経済権益を獲得しました
よって、日本の満州権益は、国際的に承認を受けており正当なものです
それに対し、後に米・露・清より不当な攻撃をかけられることになりました
あなたはロシアの侵略には思うところはないのですか?
ロシアの扇動により、暴動事件が起きたことは語らないと?
また、アメリカが日本の満州権益に対し介入していたことは語らないと?
理由はこれらを調べて頂くと分かりますよ
あなたの立場上、あなたの質問はかなりズレていますし、何か意図がおありだと穿って見てしまいます
>蘆溝橋事件のことについては<
抜粋:
最初の発砲はどちらから行われたか?とは永年の研究対象とされていたが、今日では「最初の射撃は宗哲元指揮下の国府第29軍に潜入していた中共側である」とする説が有力である。
また北京に潜入し劉少奇にそそのかされた北平大学、精華大学の学生を中心とした学生ゲリラがそれを支援していた、とも言われている。
中共は7月8日早朝、述安の本部から全国へ「蘆溝橋で日本は攻撃を開始した。
全国民衆の愛国運動を結集して侵略日本に立ち向かうべし」とする電報を発信している。
この打電時刻は日支両軍司令部でさえ事態の真相をつかんでいない時で、この時点でこのような電報が打電されたことは、中共が影でこの事件を画策していたことを十分推察される。
またモスクワのコミンテルン本部も、
①あくまで局地解決を避け、日支の全面的衝突に導かねばならない。
②そのためにはあらゆる手段を利用し
③民衆工作によって彼らに行動を起こさせ、国民政府を戦争開始にたち到らしめる。
といった指令を発している。
中共当局はこれらの指令に基づき幾度も停戦協定を破った。
その後日本側から働きかけた事変解決の和平交渉をすべて流産せしめたのである。
ここまで
いいですか、これが検証というものです
書籍ににあなたが提示したことが書かれてあれば、それは訂正され改訂版として発行されなければなりません
それどころか、その書籍にはまだ疑ってかかる必要な部分が必ずあるだろうと思われます
下手をすると、その書籍自体、見解が180度変るかもしれません
勿論廃盤にもなり得るでしょうね
ですから、色々読む必要がありますねと
上記抜粋したものは証拠として残っているのですから覆すことは出来ません(覆されれば、謝罪しますし、私の恥が露呈されますが)
これらは当時記録されたものばかりですからね
戦勝国側の良いふうに資料を使われたのですから(デタラメ多し)、これらが近代史に出て来なくても不思議ではないのです
>日本は日清戦争に限らずに、宣戦布告をせずに、中国の全土に侵略戦争を仕掛けたんだろ。<
宣戦布告を取り上げていますが、明治27年8月1日に日本は宣戦布告しましたね
「明治天皇は宣戦の詔勅を煥発し、政府は開戦を各国に告げた」
同日、清国皇帝も宣戦布告していますよ
これを受け、西欧諸国は局外中立を宣言しました
この開戦は清国による「天津条約」の違反です
勘違いなさらぬよう
>日本の戦争は朝鮮、中国アジア諸国の生命と財産に害を与えただけでなく、アメリカなどにも害を齎しのだ。<
あのぉ、清は半植民地化していましたよ
この意味が分かりますか?あなたの言い分では、清はアメリカに守られていたかのニュアンスですね
その>中国アジア諸国の生命と財産に害を与えた<のは欧米諸国でしょうに
今回も、あなたの立場が鮮明になりましたね
説明しても、日本だけを悪く言う姿勢、どうにも公平ではありません
なぜ欧米諸国が、アジアを明け渡したか説明して頂けませんか?
また、なぜ欧米諸国は、清国にいたのですか?
その理由が何であるかいえるか?<
日露戦争におき、ロシアに勝利した結果、明治38年ポーツマス講和条約により、ロシアより旅順・大連及び南満州における、南満州鉄道とその付属地における経済権益を獲得しました
よって、日本の満州権益は、国際的に承認を受けており正当なものです
それに対し、後に米・露・清より不当な攻撃をかけられることになりました
あなたはロシアの侵略には思うところはないのですか?
ロシアの扇動により、暴動事件が起きたことは語らないと?
また、アメリカが日本の満州権益に対し介入していたことは語らないと?
理由はこれらを調べて頂くと分かりますよ
あなたの立場上、あなたの質問はかなりズレていますし、何か意図がおありだと穿って見てしまいます
>蘆溝橋事件のことについては<
抜粋:
最初の発砲はどちらから行われたか?とは永年の研究対象とされていたが、今日では「最初の射撃は宗哲元指揮下の国府第29軍に潜入していた中共側である」とする説が有力である。
また北京に潜入し劉少奇にそそのかされた北平大学、精華大学の学生を中心とした学生ゲリラがそれを支援していた、とも言われている。
中共は7月8日早朝、述安の本部から全国へ「蘆溝橋で日本は攻撃を開始した。
全国民衆の愛国運動を結集して侵略日本に立ち向かうべし」とする電報を発信している。
この打電時刻は日支両軍司令部でさえ事態の真相をつかんでいない時で、この時点でこのような電報が打電されたことは、中共が影でこの事件を画策していたことを十分推察される。
またモスクワのコミンテルン本部も、
①あくまで局地解決を避け、日支の全面的衝突に導かねばならない。
②そのためにはあらゆる手段を利用し
③民衆工作によって彼らに行動を起こさせ、国民政府を戦争開始にたち到らしめる。
といった指令を発している。
中共当局はこれらの指令に基づき幾度も停戦協定を破った。
その後日本側から働きかけた事変解決の和平交渉をすべて流産せしめたのである。
ここまで
いいですか、これが検証というものです
書籍ににあなたが提示したことが書かれてあれば、それは訂正され改訂版として発行されなければなりません
それどころか、その書籍にはまだ疑ってかかる必要な部分が必ずあるだろうと思われます
下手をすると、その書籍自体、見解が180度変るかもしれません
勿論廃盤にもなり得るでしょうね
ですから、色々読む必要がありますねと
上記抜粋したものは証拠として残っているのですから覆すことは出来ません(覆されれば、謝罪しますし、私の恥が露呈されますが)
これらは当時記録されたものばかりですからね
戦勝国側の良いふうに資料を使われたのですから(デタラメ多し)、これらが近代史に出て来なくても不思議ではないのです
>日本は日清戦争に限らずに、宣戦布告をせずに、中国の全土に侵略戦争を仕掛けたんだろ。<
宣戦布告を取り上げていますが、明治27年8月1日に日本は宣戦布告しましたね
「明治天皇は宣戦の詔勅を煥発し、政府は開戦を各国に告げた」
同日、清国皇帝も宣戦布告していますよ
これを受け、西欧諸国は局外中立を宣言しました
この開戦は清国による「天津条約」の違反です
勘違いなさらぬよう
>日本の戦争は朝鮮、中国アジア諸国の生命と財産に害を与えただけでなく、アメリカなどにも害を齎しのだ。<
あのぉ、清は半植民地化していましたよ
この意味が分かりますか?あなたの言い分では、清はアメリカに守られていたかのニュアンスですね
その>中国アジア諸国の生命と財産に害を与えた<のは欧米諸国でしょうに
今回も、あなたの立場が鮮明になりましたね
説明しても、日本だけを悪く言う姿勢、どうにも公平ではありません
なぜ欧米諸国が、アジアを明け渡したか説明して頂けませんか?
また、なぜ欧米諸国は、清国にいたのですか?
これは メッセージ 25506 (qoraboy さん)への返信です.
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