両論併記、ぐらいは・・・
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2005/03/03 09:06 投稿番号: [25382 / 66577]
結局
「戦犯『だから』」イケナイ、と。
どうもそういうことらしい。
では、「戦犯『で、無ければ』」、弔いも参拝もかまわないはず。
日本側の方々が何度も言っているのは、「戦犯とされた」コト自体の不当性や戦犯「だとしても」公式に罪は償い終わっていること、戦争を「裁く」ことの理不尽、「日本だけ」が責め続けられる理不尽ナドナドであって、「侵略を肯定し再度侵略する」だとか、戦争という「外交政策」そやってほしいと主張しているわけでもなく、まして「殺害・略奪」を肯定しているわけでもない。
「殺された恨みとその対象への憎しみ」は個々人が勝手に持つものであり、外交たる戦争の責任や是非とは別問題。
その辺の無意識な混同は全く不見識であるし、故意の混同は悪質な「プロパガンダ」。
広島でも探せば「アメ公にピカ落とされてじいちゃんが死んだ。アメリカ許すまじ」という方もいるかもしれない。
しかしその個々人の悲劇性を持って徒党を組んでアメリカに乗り込むこともしなければ政府が折々にそのことをアメリカに提示することなどしない。
「敗戦国『だから』」全て受け入れろというなら、すでに「償い」は明確に済んでいる。
償い終わった罪に対してなんら恥じることはなく、反省とは二度と起こさぬ実行あるのみ。
そして裁判の不当性や証拠の精査は「今後のためにも」今やるべきことである。
いつまでも「勝者」としてふんぞり返ったり「被害者」として物乞いをしたりを調子よく使い分けているのはいいが、その趣旨一貫しないご都合主義がいかに「醜いか」
自浄を求めるのは、「ここを見る限りは」望み薄と見た。
「戦犯」について、裁判自体や証拠の有効性からして、犯罪者と認定するのはきわめて不当であり、その定義と断罪は善悪ではなく、あくまでも政治的な方便に過ぎない。
よって個々人が「戦犯」であることを理由に日本(政府・人)の行動を非難する事は不適当かつ不見識なことであり、まして他国政府が公に私的に批判するというのは全くもって不当なことである。
・・・・という意見もある、ありうる、ぐらいは認識して、「あー、そういう考えもあるんだ」ぐらいに対応してればまだ話せる相手・成熟した議論対象と思えるのだが。
こういうコトを折に触れ発言するだけで「一味」だとか「悪」だとか言われさらには下らん罵倒だとか返されると、やはりよほど「イタいところ」を突かれているんだな、もしくは価値観偏狭・思考停止のお馬鹿なんだと確信する。
「日本は悪」「日本憎し」の論調や今までの「常識」は、「事情によりありうる」とは認識しているんですよ、コチラ側はね。
そういう側面もあり、そういうコトにしなきゃいかん事情もあり、とね。
「戦犯『だから』」イケナイ、と。
どうもそういうことらしい。
では、「戦犯『で、無ければ』」、弔いも参拝もかまわないはず。
日本側の方々が何度も言っているのは、「戦犯とされた」コト自体の不当性や戦犯「だとしても」公式に罪は償い終わっていること、戦争を「裁く」ことの理不尽、「日本だけ」が責め続けられる理不尽ナドナドであって、「侵略を肯定し再度侵略する」だとか、戦争という「外交政策」そやってほしいと主張しているわけでもなく、まして「殺害・略奪」を肯定しているわけでもない。
「殺された恨みとその対象への憎しみ」は個々人が勝手に持つものであり、外交たる戦争の責任や是非とは別問題。
その辺の無意識な混同は全く不見識であるし、故意の混同は悪質な「プロパガンダ」。
広島でも探せば「アメ公にピカ落とされてじいちゃんが死んだ。アメリカ許すまじ」という方もいるかもしれない。
しかしその個々人の悲劇性を持って徒党を組んでアメリカに乗り込むこともしなければ政府が折々にそのことをアメリカに提示することなどしない。
「敗戦国『だから』」全て受け入れろというなら、すでに「償い」は明確に済んでいる。
償い終わった罪に対してなんら恥じることはなく、反省とは二度と起こさぬ実行あるのみ。
そして裁判の不当性や証拠の精査は「今後のためにも」今やるべきことである。
いつまでも「勝者」としてふんぞり返ったり「被害者」として物乞いをしたりを調子よく使い分けているのはいいが、その趣旨一貫しないご都合主義がいかに「醜いか」
自浄を求めるのは、「ここを見る限りは」望み薄と見た。
「戦犯」について、裁判自体や証拠の有効性からして、犯罪者と認定するのはきわめて不当であり、その定義と断罪は善悪ではなく、あくまでも政治的な方便に過ぎない。
よって個々人が「戦犯」であることを理由に日本(政府・人)の行動を非難する事は不適当かつ不見識なことであり、まして他国政府が公に私的に批判するというのは全くもって不当なことである。
・・・・という意見もある、ありうる、ぐらいは認識して、「あー、そういう考えもあるんだ」ぐらいに対応してればまだ話せる相手・成熟した議論対象と思えるのだが。
こういうコトを折に触れ発言するだけで「一味」だとか「悪」だとか言われさらには下らん罵倒だとか返されると、やはりよほど「イタいところ」を突かれているんだな、もしくは価値観偏狭・思考停止のお馬鹿なんだと確信する。
「日本は悪」「日本憎し」の論調や今までの「常識」は、「事情によりありうる」とは認識しているんですよ、コチラ側はね。
そういう側面もあり、そういうコトにしなきゃいかん事情もあり、とね。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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