退化してるよ(笑)
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2005/02/24 17:51 投稿番号: [24980 / 66577]
>レーリンクの発言
昭和五十八年(1983年)五月に東京で東京裁判国際シンポジウムが催されましたが、東京裁判においてオランダ代表判事を勤めた国際法学者であるレーリンクも出席しました。その際の講演で彼は
侵略戦争は第二次大戦の開戦の段階では、国際法上の犯罪ではなかった。そして侵略戦争の罪は明らかに敗戦国に対してのみ適用されたが、二つの裁判(ニュールンベルクも含めて)とも、その源に(敗戦国に対する)悪意があったことは真実である。それ(裁判)は政治目的のために誤用され、多かれ少なかれ不公平であった。
と述べました。
つまりその当時、戦争は犯罪では無かったにもかかわらず、敗戦国に対する復讐という政治目的から、「平和に対する罪、戦争に対する共同謀議」などの罪を事後法により制定し、被告達を極刑に処しました。
裁判の不公平さについては「多かれ少なかれ」の程度ではなく、審理の進め方、証拠の採用などの手続きにおいて、極めて不公平であったというのが実状です。
東京裁判に判事として直接かかわり有罪判決の片棒を担いでおきながら、三十五年も経ってから今更なにを弁解するのかと言いたくなります。彼は東京裁判当時、パル判事の爪の垢でも煎じて飲むべきでした。<
(http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genin-2b.htm より)
東京裁判と1983年のシンポジウムについてはずいぶんと「見方」が違うようだが。
>つまり当時では「捏造」でもなんでもないこと。<
捏造とは誰も言わなかった。それだけ。
「証拠写真」がプロパガンダ書籍からの引用ということは「事実」
東京裁判自体が茶番であり、それを取り巻く状況が「証拠の精査を阻んだ」「証拠に対する疑問の声を封殺した」
結局、声を発せ無い状況、言論統制があった状況で「統制される対象の発言・表明」が無かっただろう、などというのが如何におかしいか、わからないらしい。
GHQの言論統制下で、東京裁判への疑問の声など上げられる訳がなかろう。
それをして「無いだろう」などとは。
そういうところに頼らざるを得ない時点で、wang氏の論旨は破綻している。
昭和五十八年(1983年)五月に東京で東京裁判国際シンポジウムが催されましたが、東京裁判においてオランダ代表判事を勤めた国際法学者であるレーリンクも出席しました。その際の講演で彼は
侵略戦争は第二次大戦の開戦の段階では、国際法上の犯罪ではなかった。そして侵略戦争の罪は明らかに敗戦国に対してのみ適用されたが、二つの裁判(ニュールンベルクも含めて)とも、その源に(敗戦国に対する)悪意があったことは真実である。それ(裁判)は政治目的のために誤用され、多かれ少なかれ不公平であった。
と述べました。
つまりその当時、戦争は犯罪では無かったにもかかわらず、敗戦国に対する復讐という政治目的から、「平和に対する罪、戦争に対する共同謀議」などの罪を事後法により制定し、被告達を極刑に処しました。
裁判の不公平さについては「多かれ少なかれ」の程度ではなく、審理の進め方、証拠の採用などの手続きにおいて、極めて不公平であったというのが実状です。
東京裁判に判事として直接かかわり有罪判決の片棒を担いでおきながら、三十五年も経ってから今更なにを弁解するのかと言いたくなります。彼は東京裁判当時、パル判事の爪の垢でも煎じて飲むべきでした。<
(http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genin-2b.htm より)
東京裁判と1983年のシンポジウムについてはずいぶんと「見方」が違うようだが。
>つまり当時では「捏造」でもなんでもないこと。<
捏造とは誰も言わなかった。それだけ。
「証拠写真」がプロパガンダ書籍からの引用ということは「事実」
東京裁判自体が茶番であり、それを取り巻く状況が「証拠の精査を阻んだ」「証拠に対する疑問の声を封殺した」
結局、声を発せ無い状況、言論統制があった状況で「統制される対象の発言・表明」が無かっただろう、などというのが如何におかしいか、わからないらしい。
GHQの言論統制下で、東京裁判への疑問の声など上げられる訳がなかろう。
それをして「無いだろう」などとは。
そういうところに頼らざるを得ない時点で、wang氏の論旨は破綻している。
これは メッセージ 24974 (wangjunhe720 さん)への返信です.
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