徳は知なり
投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2003/11/10 22:48 投稿番号: [2459 / 66577]
「論語」を本当に読んだら、多少判ったとしても、人間が変わると、程邕(宋代、蘇軾父子、曾凡、張載等と1057年及第)は言った。つまり読む前の人間が読んだ後、別人のようだと。
中国の学問は、人間が第一と主張。つまり善、或は徳が目標。この意味でプラトンの先生ソクラテスによる「徳は知である」という言葉がいかにも納得できる。知識のための知識にあらず、魂を世話するための知識と。プラトンも結局『饗宴』に説いているのは善に至る美的接近法なのであろう。
私は今現代思想をやってる。非常に面白い。去年東大学士院のシンポに二回参加、カルチュラル・スタディーズについてのものですが、中国で今カルスダをやる人は、五、六人程度って、びっくりした。実際カルスダの前史を英語でやったのは、中国人なんですよ。しかも女性、イギリス出版。日本語訳もあるが、中国語訳があるのかな?本当に悲しい。国内の連中はついにアメリカやフランスのに手を出すが、掘り出してみれば中国人の手によるものだと判れば、やつらはどのぐらい冷や汗が?
プラトン入門書、日本語化もかなりある(R.S.ブラック、内山勝利訳、岩波文庫)、でも余裕ならやはり英語で読む方が得。多分『饗宴』『国家』全部中国語訳、英語訳あるが、『第七書簡』は中国語がない。高くないよ、びっくりするほど安い。ごめん。余談してしまって。
これは メッセージ 2455 (onlyabird さん)への返信です.
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