お詫びの文化
投稿者: kitaguninosaru1 投稿日時: 2005/02/04 13:07 投稿番号: [23330 / 66577]
つい最近、某有名芸能人が後輩の女性を叩いた。
すぐ誤らなかったからではないだろうか?
その女性は刑事告訴した。
思わず、拍手を送り、応援したくなった。
それでも、その女性は日本ではいい女として見なされないような気がしてならない。
中国の女性なら叩き返したかもしれない。
敬語、お願い、頭下げ、土下座
などは
目下から目上に、
後輩から先輩に、
力ない人から権威ある人に、
対して、することは多いではないだろうか?
苛めの根源はそこにあるような気もしてならない。
苛めに耐え切れず、自ら命を絶つ子供を思う度に、私はそう思ってしまう。
敬語も必要、お詫びも必要と思うが、心伴わなければ、どれだけ意味あるだろうか?
やたらに敬語を使われ、「心伴わない」、「いやみ」を感じる人は私だけだろうか?
日本の企業トップは不正が表面化するとそろって頭下げる。
心を込めて頭下げる人はその内の何割だろうか?
お詫びは責任逃れや、批判をかわす手段になっていないだろうか?
日本の文化を否定するつもりはないが、同じことをやらない中国に対して文句言うのはどうかと言いたいだけ。
浅く書いただけで、突っ込まないでください。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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