中国の文化について
投稿者: ichigotarutojp 投稿日時: 2005/01/09 21:39 投稿番号: [21154 / 66577]
この掲示板は中国がタイトルなので、
「中国の問題点について」に議論がどうしても多くなりがちだし、
行き過ぎた罵倒も多く見られるので、
それをご覧になる中国の皆さんの気持ちも分かる気もします。
しかし、中国の皆さんも負けずに日本・日本人について
罵倒し返していらっしゃるので、これはお互い様でしょう。
中国には、古くからの「偉大な文明・文化」があります。
その事は日本人であるなら多かれ少なかれ
(口で現在の中国を罵倒していたとしても)
ちゃんと知っています。
それに、いかに日本人が口を極めて罵倒しても、
中国の文化・文明の偉大さや、
現在の中国の価値が変わるワケではありません。
(これは、日本にも言える事です)
この掲示板を眺めていて、
意見がエスカレートするのはお互い様とは言いながら、
やはり、
何もかもが「○○が発祥」「○○を考案したのは○○人」
的な発想や意見は、どうかと思うのですが・・・
何もかもをこじつけてでも、自国の手柄にしなくても、
立派なものは充分立派だし、それ以上でもそれ以下でもないのです。
それを、末裔がこじつけたり、行き過ぎた主張をすれば、
かえってご先祖様の偉大さを傷つけてる事にはならないでしょうか。
過去の行いだけで充分立派なのに、それを上乗せしなくてはならないのは、
「過去の業績だけでは価値が不足している」とでも感じているかのように
傍目には映るのです。
そんな事で、ご先祖様の威光が更に増すのでしょうか?
逆効果ではないでしょうか。
相手をからかう意図でちょっと暴論めいた主張をしてみて、
相手の反応を見てみたり、相手の知識を試してみたり…
そういうやり方もあるでしょう。
しかし、議論の過程の印象で、「からかう為の主張」ではなく、
「本当に、この程度のことしか考えられないレベルなんだろう」と
誤解する人も多いのではないでしょうか。
自国の伝統を誇り相手をからかうつもりが、
自分・自国が馬鹿にされる材料を提供している事になってはいないでしょうか。
日本人というのは、
良くも悪くも大変細かいトコロまで正確である事を求める国民性です。
それは、日本人にとって可能性を狭めている面もありますが、
今まではプラスに働いていた事も多く、
この性質はそう簡単には変わらないでしょう。
また、大言壮語を非常に嫌う面もあります。
このような性質を考えた時、
行き過ぎた主張を聞いた場合、
主張されている方の価値観や判断力そのものにも疑いの目を向けてしまい、
以後同じ人がどんな立派な事を書いても
聞く耳を持たなくなってしまう人もいるのです。
これが正しい事なのかどうか、それは私にもわかりません。
しかし、そのようなリスクがある事は充分に踏まえた上の方で
主張のやり方を考えると、
聞く耳を持つ人も、(たとえ意見が違っても)意見を尊重する人も、
増えるのではないかと思えるのです。
この様な事を私が申し上げる資格があるのかどうかもわかりませんが、
この2・3日の遣り取りがどうしても気になりましたので、
敢えて書かせて頂きました。
失礼致しました。
「中国の問題点について」に議論がどうしても多くなりがちだし、
行き過ぎた罵倒も多く見られるので、
それをご覧になる中国の皆さんの気持ちも分かる気もします。
しかし、中国の皆さんも負けずに日本・日本人について
罵倒し返していらっしゃるので、これはお互い様でしょう。
中国には、古くからの「偉大な文明・文化」があります。
その事は日本人であるなら多かれ少なかれ
(口で現在の中国を罵倒していたとしても)
ちゃんと知っています。
それに、いかに日本人が口を極めて罵倒しても、
中国の文化・文明の偉大さや、
現在の中国の価値が変わるワケではありません。
(これは、日本にも言える事です)
この掲示板を眺めていて、
意見がエスカレートするのはお互い様とは言いながら、
やはり、
何もかもが「○○が発祥」「○○を考案したのは○○人」
的な発想や意見は、どうかと思うのですが・・・
何もかもをこじつけてでも、自国の手柄にしなくても、
立派なものは充分立派だし、それ以上でもそれ以下でもないのです。
それを、末裔がこじつけたり、行き過ぎた主張をすれば、
かえってご先祖様の偉大さを傷つけてる事にはならないでしょうか。
過去の行いだけで充分立派なのに、それを上乗せしなくてはならないのは、
「過去の業績だけでは価値が不足している」とでも感じているかのように
傍目には映るのです。
そんな事で、ご先祖様の威光が更に増すのでしょうか?
逆効果ではないでしょうか。
相手をからかう意図でちょっと暴論めいた主張をしてみて、
相手の反応を見てみたり、相手の知識を試してみたり…
そういうやり方もあるでしょう。
しかし、議論の過程の印象で、「からかう為の主張」ではなく、
「本当に、この程度のことしか考えられないレベルなんだろう」と
誤解する人も多いのではないでしょうか。
自国の伝統を誇り相手をからかうつもりが、
自分・自国が馬鹿にされる材料を提供している事になってはいないでしょうか。
日本人というのは、
良くも悪くも大変細かいトコロまで正確である事を求める国民性です。
それは、日本人にとって可能性を狭めている面もありますが、
今まではプラスに働いていた事も多く、
この性質はそう簡単には変わらないでしょう。
また、大言壮語を非常に嫌う面もあります。
このような性質を考えた時、
行き過ぎた主張を聞いた場合、
主張されている方の価値観や判断力そのものにも疑いの目を向けてしまい、
以後同じ人がどんな立派な事を書いても
聞く耳を持たなくなってしまう人もいるのです。
これが正しい事なのかどうか、それは私にもわかりません。
しかし、そのようなリスクがある事は充分に踏まえた上の方で
主張のやり方を考えると、
聞く耳を持つ人も、(たとえ意見が違っても)意見を尊重する人も、
増えるのではないかと思えるのです。
この様な事を私が申し上げる資格があるのかどうかもわかりませんが、
この2・3日の遣り取りがどうしても気になりましたので、
敢えて書かせて頂きました。
失礼致しました。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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