中国発表の「数字」の信憑性
投稿者: kee_tarou 投稿日時: 2005/01/03 14:13 投稿番号: [20394 / 66577]
最近中国の国家統計におけるデータの改ざんがニュースになったが、
http://news.searchina.ne.jp/2004/1221/business_1221_005.shtml中国における「数字」のデタラメは今に始った事ではない。
1958年、毛沢東は鉄鋼生産倍増を呼びかけ、中国全土で鉄鋼生産運動がはじまった。鉄鋼生産とは言っても内実は、鉄くづ集めや粗悪な製鉄炉での生産であった為、およそ実用にはならない「鉄鋼」の生産であった。
問題は、各地の生産量が発表され、しだいに生産競争が加熱してくると、生産量の改ざんがあちこちで発覚してきた。
内実が無いのに「数字」のみが独り歩きをする様な経済には、当然破綻が来る。中国における数字には、身近なところで、「白髪三千丈」や「中国五千年の歴史」という表現があるが、良い意味でとれば「スケール」が大きいという情緒的な受け取り方も出来る。しかし反面、デタラメという現実をも表現している。
人間は私を含めて誰でも失敗をする。失敗をしたとき、その原因を追求し未来へとアクションをとる事で将来への成功に結びつける。簡単に言えば、反省や内証によって明日への成功を勝ち取ろうとするわけだ。しかし、現在の中共の人間にはこの部分が希薄であるように思われる。
ある日、上海の街角で地図を片手に道を尋ねた事があった。どの中国人にきいても答えが反ってくる。しかし、彼らの指し示した方向には絶対に目的の場所は無い。私は10人以上の中国人に聴いたが、結局の所、誰も知らなかったのである。
自分が「知らない事」を「知らない」と正しく自己内証できる人間がいなかったのである。「中国式面子」なのかどうか知らないが、この様なデタラメな性格では、一発花火を打ち上げる事は出来ても根本的な発展をすることは出来ない。
これは共産中国に住む人々の性格なのであろうか?
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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