関羽と池田輝政のお話
投稿者: berlinerphilharmonikerkarajan 投稿日時: 2004/11/25 22:16 投稿番号: [16177 / 66577]
①三国志で有名な蜀の武将・関羽はあるとき、ホウ徳という敵の将軍と戦いました。ホウ徳は精一杯戦いましたが、敗れて捕まってしまいました。関羽は彼の武勇と忠義を惜しみ、降伏するように説得しました。しかし彼は降伏を拒絶し、結局ホウ徳は処刑されてしまいました。
30数年後、蜀が滅亡したとき、ホウ徳の遺族は蜀に乗り込んで、関羽の遺族を皆殺しにしたそうです。
②戦国時代に、池田輝政という武士がいました。彼の父は小牧・長久手の戦いで徳川家康と戦って戦死していました。
やがて時は流れ、関ヶ原の戦いが起きました。諸将は家康に付くか、それとも石田三成に付くかで分かれましたが、輝政は真っ先に徳川家康を支持し、彼の元で戦いました。
彼にはわかっていたのです。父は家康に殺されたが、それが合戦なのだと。
以上、中国と日本の国民性を端的に表している二つのお話でした。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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