どちらでもいいかも
投稿者: kararikorori 投稿日時: 2004/11/22 12:08 投稿番号: [15890 / 66577]
何に対して参拝するかは、生きて、そこにいく人間が決めること。
私がもし行く機会があれば、戦争で亡くなった祖母や、祖父の兄弟でも拝みにいくのでしょう。(関東に行くことはないかと思われますが)
同じように、戦犯にも遺族が居たわけで。
分祀されてしまうと、縁のある人はお参りしにくくなるかもしれない。
死刑囚って、ちゃんとお墓が立ててもらえるのかもらえないのかは知らないのですが、家族にとっては、やはり、かけがえのない肉親だったわけで。
もしかしたら、墓標がないから、お参りに行くって言うのもあるかもしれない。
お墓も、神社も、死んだ人のためというより、むしろ、生きている人のためにあるものじゃないかな、と。
福岡一家惨殺の犯罪者を一緒に祭るのが、犯罪を犯してない、遺族の救いになるなら、それでも良いのではなかろーかと、思ったり、思わなかったり。
勿論、遺族はそうは思わないでしょう。
同じ立場になって、今のこの意見を貫けるとも思っていません。
これは メッセージ 15881 (baoyudai53 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/15890.html